あんたには才能が無い

『幼い頃は本当に才能が無いなぁとみんなに言われていたんですよ。よく諦めろとも言われました』


 今年のベストプレイヤーに輝いた野球選手が、苦笑まじりにインタビュアーに打ち明けている。スタジオには「おお〜」というどよめきが広がる。


『ええ!そうなんですか?でも諦めずに打ち込み続けて、今日ついにその努力が実ったんですね。おめでとうございます』


『ありがとうございます。努力すれば夢は叶う』


『素敵なお言葉を頂きました。ちなみに、才能サポート補助という制度は今もご利用になっているんですか?』


『いいえ。数年前までは利用させてもらってたんですが、今の僕にはもう必要ありませんから』


 拍手が起こる。


「才能サポート補助?」


 どてらを着て炬燵に入り、蜜柑を剥きながら男が言った。男の頭の上には金色に光る輪が浮いている。男は神であった。


「数年前から政府がやってる補助金制度だよ。数年前から私が人間たちに教えてあげていることを知ってるでしょ。才能が無い分野で活躍しようとする人には金銭的サポートをして、スタート地点を公平にしようという仕組み」


 男の向かい側、蜜柑の皮の山の向こうで、ジャージ姿で炬燵に足を突っ込んで仰向けになって寝転び、ゲームをしている女が言った。女には漆黒の尻尾と、頭のてっぺんに二本の角があった。女は悪魔であった。


「ああ、下界に生まれていく人間に、君が一つだけその人に向いていないこと、才能が無いことを教えてあげてるやつね」


 女はゲームの手を止め、テレビを見て顔をしかめる。


「この策はけっこう人間が不幸になると思ったんだけど、なかなか上手くいかないみたいだね」


 悪魔の仕事は人間の不幸を調節することだった。一方神は、人間の幸福を調節する。どちらが多すぎても良くないため、適切なバランスを保つことが必要なのであった。


「人々は天邪鬼なところがあるからねえ。やらない方がいいと言われたことほどやってみたくなるものなのかもしれない。やっぱ可愛いよね」


 ケラケラ笑いながら男は言った。


「死後のアンケート統計によると人生満足度の平均が上昇してるみたい。まだやってもみないことの才能の有無をやる前からはっきり決めつけられて、才能が無い分野に怯えて、生きづらくなるかと思ったのに」


「才能が無いと言われると、本当に無いのかどうかやってみたくなって、一度やってみるとそれの面白さにハマってしまう人間が多いんじゃないかな。なんとなくの食わず嫌いだと一生味を知らずにいるけど、君はこの味が嫌いだろうな、と言われると本当かどうか一口は食べてみるだろ。君のお告げは人間に前向きな行動力を与えているんだよ」


 女は不服そうに唇を尖らせる。


『野球の才能が無いことが最初からわかっていたので、幼少期から人一倍練習を積んでいこうという心構えができていたんです』


 野球選手は画面の向こうで言う。


「才能ナシと言われてなければ、野球なんてスポーツ、知ろうともしなかったくせに」


 女が言う。


『どんなに才能が無くたって、僕は野球を愛してますから』


「今はやっと相思相愛になったわけだ」


 男は蜜柑をひと房口に放り込む。


「人間は多かれ少なかれ、自分に興味無い人に惹かれる。自分のことが大好きな人と一緒にいるのは自己肯定感のためには効果的かもしれないけれど、本当に振り向かせたいのは自分のことをどうでもいい、もしくは嫌いと思っている人なんだ。その方が達成感を感じるし、受動じゃなくて積極。人生のやりがいは積極性以外では得られない」


「マイナスからのスタートが重要、と」


「そうだね。上手くいけば才能を努力でねじ伏せた英雄としてたたえられるし、もしうまくいかなくても当然だ、と割り切れるセーフティネットがあるのも大きい。才能が無い人が努力することに対して、周りの人間の目はやさしくなり、サポートしようという道徳心さえも成長した」


「人間は前より少しだけ冒険的で、大胆で、夢見がちになってしまった」


 女は頭を振りながら身体を起こし、蜜柑を一つ取る。


「私、来年は悪魔やってなかったらごめんね」


「君がクビに?多少バランスは崩れたかもしれないけど、この程度ではありえないよ」


 男は楽観的に励ました。


「そうかな?私、そんなに真面目なほうじゃないよ」


 女は蜜柑の皮を剥きながら部屋の隅へ顎をしゃくる。男が目をやると、抽選のくじが入っているような形の、蜜柑が入っていた段ボールで作られた手作りの箱が置いてある。


「私、人間に告げるその人の才能が無いことって、くじを引いて出たやつを順番に言ってるだけなんだ」


「じゃあ君は、人間にでたらめを教えてたってことかい」


 女は頷いて、苦笑交じりに続けた。


「私にはこれから生まれていく人間すべての才能なんか測れないよ。私には実は、悪魔の才能がなかったんだ」


 男はテレビに目を戻す。野球選手はトロフィーを抱きかかえ、笑顔で手を振っている。


「彼には本当は、野球の才能があったかもしれないんだね」


「で、たまたま野球というものを知って、ハマって、努力した。普通の人だよ。人間って案外みんな普通なんだ。見分けをつけるのはすごく難しい。それに、才能が最初からあったのかもしれないけど、それを証明することはもはや絶対にできない」


「じゃあ安心だ」


 男は微笑んだ。


「何が」


 女は螺旋のように剥いた皮をテーブルの上に放る。


「要はきっかけさ。君には悪魔の才能が無いかもしれないけれど、君はもう悪魔という仕事を知って、ハマって、努力している」


「つまり?」


「来年も頑張ろうってこと」


 女も笑う。テレビは次のニュースを映していた。

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