第22話 テストの日

「鏡花さん大丈夫かな……」


 次の日。テストの日になった。

 結局昨日は彩花に「明日からテストだからあんたまで体壊したらどうしようもないでしょ」と言われ、鏡花をベッドに寝かした後は素直に帰ることにした。


 せっかく鏡花がここまで勉強できるようにしてくれたのを無下にはしたくはなかったからだ。


 それに一日ゆっくりと寝たら、体調も良くなるかもしれない。そんな淡い希望を抱いていた。

 しかし


「鏡花ちゃん休みなのかな?」

「まだ来てないのって珍しいよね」


 結局鏡花は来ていなかった。クラスの女子たちはテストの日に優等生の鏡花が休むという異常事態に動揺していた。


「隣見に行ってみたら彩花ちゃんは来てたんだけど……」

「えっ!?」

「何よオタクさん」

「あ、ああ……ごめん。なんでもないです」


 女子たちが訝しげな目でコチラをみているが、今はそんなこと全く気にならなかった。

 彩花は来ているのか! 取り敢えず事情を聞きに行かないと。鏡花の様子だけでも聞いておきたい。


 そんなことを考えつつ、急いで隣のクラスへと向かった。




「……勢いよく来たはいいものの、話しかけれるわけないよな」


 盲点だった。

 普通に話しているとは言っても、周りからの評価は美少女とオタクだ。

 それに彩花が嫌っていることも周知の事実だ。

 どうしようかと廊下で考えていると、教室で珍しく静かに座っている彩花と目があった。


 その途端、彩花はゆっくりと席を立ち、どんどんと近づいてくる。


「今から屋上前の階段に来なさい」

「えっ……?」


 そう俺にだけに聞こえるような声で呟くと、振り返ることもなくスタスタと歩いて行った。

 今は彩花の言うとおりにするしかないか。

 そう思い、周りからバレないような距離感で、俺も彩花に指定された場所へと向かった。



「来たわね」


 少し表情の暗い彩花が階段に座っていた。


「鏡花さんは大丈夫なのか!? 体調は!?」

「ちょっと一旦落ち着きなさい。声が大きい」

「あ、ああ。ごめん……」

  

 焦る俺に少し呆れつつ、落ち着かせようと淡々と話す彩花。


「取り敢えずは平気よ。今日の朝も学校に行こうとする鏡花を止めるの大変だったんだからね」

「そうか……」


 昨日よりかは落ち着いているのか。少し安心できる。でも、彩花が止めたってことは……


「でも昨日より落ち着いたってだけだからね。充分な高熱よ。あと二、三日は学校に来れないでしょうね」

「そんな、じゃあテストは」

「診断書も貰えるはずだから欠点にはならないけど、補習は決定よ」

「それじゃあ意味ないじゃないか……」


 くそっ。もっと早くに鏡花の異変に気づいていたら。もっと鏡花のことを見ていたら、こんなこと絶対防げたはずなのに。


「あんたのせいじゃないからね。あの子が無理した結果なんだから」

「なんでそんなこと言うんだよ」

「それが事実だからよ」


 淡々と静かに、そう言葉を紡いでいく彩花。彩花は鏡花のこと心配じゃないのか。一緒にゲームが出来なくなるのが、嫌じゃないのか。


「もっと妹の事、大事に思ってやれよ!」

「…………思ってるわよ……!」


 彩花のあくまで冷静な態度にイラついた俺は、そのイラつきを解消するかのように鏡花へと怒鳴っていた。


「なら、そんな冷たい言い方しなくてもいいだろ!」

「仕方ないでしょ! これが鏡花の望みなんだから!」


 抑えることができなくなった言葉を彩花にぶつけていた俺に対して、彩花は俺の言葉以上の強さで怒鳴ってきた。

 プルプルと拳を振るわせて今にも泣きそうな表情だった。


「どういうことだ……」


「私だって、私だって鏡花のことが心配だったし、あんたより前から異変なんて気づいていたわよ!」


「えっ? そんな素振り一回も……」


 昨日話した時だって全然知らない様子だったのに……。

 驚いている俺に対して、さらにヒートアップした様子で言葉を並べてくる。


「見せてないでしょ。それが鏡花の意思なのよ! 鏡花はもしこのことが葉山に気づかれたら、責任を感じてしまう。罪悪感に苛まれてしまう。そう思ってたから私にも口止めしてたのよ」


「なんでそんな事……」


「あんたが現実でもゲーム内で優しいカプリスのままだったからに決まってるじゃない!!」


「っ……!」


「今まで話してきて鏡花は……、私だって、カプリスにじゃなく、葉山司に対してだって良い印象を抱いてきたのよ。だからそんな葉山に嫌な気持ちになってほしくなかった。たったそれだけよ」


「…………」


 それだけ言い切ると、彩花はその場に倒れ込み、わんわんと子供のように泣き喚いていた。

 本当に俺はバカなやつだ。彩花だって鏡花が心配でたまらなかったのに、それを俺のために悟らせなかった。


 それなのに俺は……。


「本当にごめん……。彩花さんの気持ち全然考えていなかった」

「……いいわよ。……それだけ鏡花のこと心配してたって事でしょ」


 まだ落ち着いていないものの、鼻をスンスンと言わせつつゆっくりと返事をする彩花。


「でもどうしようか……。俺が欠点を取って一緒に補習受けたら——」

「それはダメ!」


 俺の考えを勢いよく否定してくる。


「でも、鏡花がゲームできないなら一緒じゃないか」

「それはそうだけど、そんなことしたら鏡花が罪悪感を持っちゃうじゃない。それに、今日の朝、鏡花から休む条件を出されたの」

「それは……?」

「二人とも絶対欠点を取らないって約束したの。その約束破るの?」

「けど……」

「鏡花との約束よ。破るの?」


 俺が悩んでいると、また同じことを聞いてくる。

 鏡花がせっかく教えてくれた。自分の体を壊してまで、テストを作って精一杯教えてくれた。

 その努力だけは無駄にしてはいけない。応えてあげたい。そう感じた。


「ああ、絶対に欠点は取らない。任せとけ!」

「それでこそ葉山よ!」


 俺が拳を上げてやる気を見せると、彩花は嬉しそうに笑っていた。


「てかさ」


 決心が固まり落ち着くとちょっと疑問が生まれてきた。


「二人ともとっくにカプリスじゃなくて、葉山司を認めてたんだな」

「……な、何言ってんのよ!! そんなわけ……」

「でもさっき言ってたじゃん」

「もーー!!! 知らない知らない! 行くわよ!」


 カァーっと顔が赤くなるのを隠すかのように後ろを向いて、階段を降りていく彩花。

 なんだか、いつも通りに戻たな、と少し寂しく思う反面、嬉しくもあった。


「俺も二人のこと充分認めてるからな!」

「ふん! さっさと行くわよ!」


 俺の言葉に棘のある言い方で返してきたように聞こえたが、一瞬見えた口元は綻んでいるように見えた。

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