♯17 永遠の存在者⑤  神様にも負けない(後編)


「………………!」


 ナニカの口から漏れる声にならない悲鳴。

 勇魚が掲げる聖剣の切っ先から大量の黄金の光が解き放たれ、宙を舞う。

 黄金の光のひとつひとつが模りしモノ。

 それは、


「蝶ぉ……⁉」

「『宇宙播種パンスペルミア』インヴォーグ――隕石召喚メテオストライク!」


 息を呑むナニカの目の前で、光の蝶たちは勇魚の右手の聖剣に渦巻くように舞い戻り、その刀身に吸い込まれた。


「こ……これはぁ⁉ 神薙かんなぎから引き出した神威かむいをぉ、別の神薙の神威でぇコントロールしているぅ⁉ 確実にぃわたくしぃだけを殺すためにぃ……⁉」


 驚愕するナニカと、死闘たたかいの趨勢を見守る者たちの目の前で、蝶たちを吸い込んだ聖剣の切っ先から太い光の柱が立ち昇り、




『『降り注げ、開闢かいびゃく星屑ほしくず! 隕石群重爆撃ヘヴィボンバード!』』




 地球の分霊たちの認証と同時に、赫々かくかくたる衝撃波をまとった無数の隕石が雨霰のごとく飛来する。


 先刻の隕石召喚メテオストライクがこの地下ドームの天井に空けた穴をくぐり抜けて。

 原初の地球を見舞った天災を再現するかのように。


 それはこの地球ほしの開闢のワン・シーン。『稀少地球レアアース』の事象増幅バタフライエフェクトによって局所的に再現された天地創造。

 隕石群重爆撃ヘヴィボンバード


「ひぃぃぃぃぃぃっ」


 悲鳴を上げて身を翻し逃走を図ろうとしたナニカの背後に飛来した隕石は、いずれもビー玉ほどの大きさに過ぎなかったが、その数はゆうに百を超えており、しかも地面に衝突する寸前で軌道を変えると、ナニカの背中やアリジゴクの巨躯を散弾銃のごとく滅多打ちにした。


「ぐっ……がっ……はっ……!」


 音速に近いスピードで飛来した星屑の集中砲火を浴びて、さしもの巨躯もボロ雑巾のように地を転がり、最後は宙へと放り出される。


 そして――その先に。


「………………!」


 渾身の一撃を放つため、身をよじって深く腰を落とし、二振りの聖剣を構えた勇魚の姿があった。


「! やめ――」


 永遠の存在者の口から命乞いの言葉が漏れる。

 が。

 それが最後まで紡がれることはなかった。




『『双聖剣ツイン・セイクリッドソード! 十文字じゅうもんじ斬り!』』

「はああああああああっ!」




「――――――ッ!」


 双子の咆哮に裂帛の気合を重ね、勇魚が矢継ぎ早に揮った二振りの聖剣によって、アリジゴクはその頭を斬り裂かれ、ナニカのくびもまたね飛ばされていたからだ。


 アリジゴクの巨躯は地響きを上げてくずおれ、ビクンと一度だけ痙攣すると、ナニカの上半身もろとも、さらさら……と大量の砂礫されきとなって崩壊する。


 いっぽう、胴体と泣き別れになったナニカの頭部は、てんてんと手毬のように地面を転がると、やがて勇魚の足元で止まり、




「………………くっ、くふふ、くふふふふ、くふふふふふ――」




 虚ろな眼窩がんかで勇魚を見上げ、壊れたスピーカーのように嗤った。


「負けた……、わたくしぃの完敗だわぁ〈ガイアセンチネル〉ぅ。永遠の存在者たるこのわたくしぃがぁ、アンタみたいな下等生物に斃(たお)されるなんてぇ。……屈辱よぅ。ケドぉ、いい気にならないことねぇ。所詮わたくしぃはぁ、末端に過ぎないのだからぁ」

「末端? どういうことだ?」

「く、くふふふ、くふふふふ! わからないのぉ?」


 眉を顰める勇魚に、ナニカはひどく邪悪な笑みを浮かべる。


「わたくしぃの役目はぁ……この第3910平行宇宙の地球の人間どものぉ……魂魄タマシイの質がぁ……飼うに値するかどうかのぉ現地調査とぉ……サンプルの採取だったのよぉ。でもぉ……斥候であるわたくしぃがぁ……帰還を果たさなければぁ……本隊はいずれ本格的な侵攻部隊を送り込んでくるわぁ……。無論、わたくしぃが何者かの手で斃された可能性ぇ……怨敵〈ガイアセンチネル〉の出現まで想定した上でねぇ」

「………………」

「長命種であり……永遠の存在者も同然であるわたくしぃたちとぉ……せいぜい百年ほどしか生きられないアンタたちとではぁ……そもそも時間感覚からして違うからぁ……それは半年後、十年後かもしれないしぃ……あるいは百年後……千年後かもしれないけれどぉ……アンタたちからすればぁ近くないけれどぉ……わたくしぃたちにとってはぁそう遠くない未来……必ずその日はやって来るのよぅ」

「……そのときは、」


 勇魚はひとつ溜め息をついて答えた。


「またボクが護ろう――何度でも。日常と非日常のあわい、カオスのふち……幽明ゆうめいさかいを。神様気取りのおまえらがヒトの世にもたらす混沌を破壊こわし、奪われた秩序をまた創造つくってみせよう」


 良くも悪くも、魂魄タマシイだけがこの星に流れ着いた自分には、寿命という制約は無いのだから。


 ある意味、自分もまた永遠の存在者なのだから。


 ……別に、自分から望んでこうなったワケではないけれど。

 ……人間をやめるつもりは毛頭無いけれど。

 だが、この地球ほしの化身、分霊たちに寄り添い、この地球ほしの愛し子らを護るには丁度いい。


「相手が何者であろうと――神様だろうと、ボクは負けない」

「本当ぅ……癪に障る奴だわぁ……。〈ガイアセンチネル〉としてはぁ不完全なくせにぃ」

「不完全……」


 そういえば、オーバーロードたちもそのようなことを言っていた。


「くふふふっ! まさか知らないのぅ? 初代〈ガイアセンチネル〉はねぇ……四つの形態、四つの兵装を持っていたのよぅ……? でもアンタはぁ……わたくしぃとの戦いでぇ……その姿にしかぁ……なろうとしなかった……。わたくしぃ相手にぃもっと有利に戦いを進められた姿がぁ……〈ガイアセンチネル〉にはあるはずなのにぃ……。大方ぁ……従えている神薙かんなぎが少なくてぇ……まだその姿にしかなれない……そんなところでしょうぅ?」

「!」


 瞬間、勇魚の脳裏に〈太母〉グレートマザーやリッカの言葉が蘇る。




 ――『楽しみだよ。おまえがこの先、他の同胞ともがらたちを次々と従え、更なるチカラを手にするときが。〈幽明界の守護騎士ボーダーガード〉だけでなく、すべての形態を体現できるようになる日がな。そのときこそ、〈ガイアセンチネル〉くぐい勇魚が真の完成を見るときなのだから』


――『少なくとも黄道十二星座をシンボルとする上位眷属とは、全員と正式に婚い……契約を結んでもらわないことにはね。話にならないわ。〈幽明界の守護騎士ボーダーガード〉以外の形態にもなれないし』




 ……確かに。ナニカの推測は間違っていない。

 だが――それでも。


「……それでも、ボクが勝つ。おまえらにあの子たちの日常を奪わせはしない」

「く……くふっ、くふふふふ……! 愉しみだわぁ……。アンタがどこまでぇ……わたくしぃの同胞たちの侵攻にぃ……抵抗できるかぁ……地獄の一番底からぁ……高みの見物とぉ……いかせて……もら……う……わ……ねぇ………………」


 最後に不吉な予言を残し、ナニカの頭部もまた砂礫と化して崩れ落ちる。

今、戦いは終わったのだ。

なんとか、自分の目の前で一人の犠牲者も出すことなく。


「はぁぁぁぁぁ……」


 勇魚は大きく息を吐き、その場に膝をつく。




『おにーさん⁉ どうしたですか⁉』

『おにーちゃん⁉ どこか怪我したの⁉』




「あー、違う違う。安心した途端、麻痺していた感情――恐怖がドッと押し寄せてきてさ。なんなの、あの化け物は? 死ぬかと思ったぞ。あんなのがこの世に存在するなんて……」




『え⁉ 今更⁉』

『その化け物相手にあんな威勢のいい啖呵たんかを切っておいて⁉』




 そんなことを言われても、怖いものは怖いのだ。

 威勢のいい啖呵を切れたのも、そうやって自分を奮い立たせていないと恐怖が押し寄せてきそうだったからなのである。


「ボク、元はただの一般人だったのに……平凡な学生だったのにさ。なんであんな化け物を相手に、RPGの勇者みたいな格好で、漫画の主人公みたいな異能バトルを繰り広げなきゃならないんだ?」


 先程ナニカ相手にノリと勢いだけで威勢のいいことを言ってしまったが、あんな化け物には二度とお目に掛かりたくないというのが本音だった。




『……まあまあ。そう言わずに。元気を出すですよ、おにーさん』

『ほら、おにーちゃん。聴こえない?』




 項垂うなだれて我が身の不幸を嘆いていた勇魚は、双子に促されて顔を上げる。


 すると、


「やったぁぁぁぁぁ! よくやった、勇魚! わたしはおまえが勝つと信じていたぞ!」

「勝ったぁー! 勝ったよー! 穂垂たち、またパパとママに会えるんだね!」

「……どうしよう、ホッとしたら急におトイレ行きたくなってきた……。助けて、勇魚くん」

「おおっ、神よ! 救世主様を遣わしてくださり感謝致します!」

「よがっだぁぁぁぁぁ! ごれでがえれるよぉぉぉぉぉ! ひっく……えっぐ……」

「ああっ、生きているって素晴らしいですわー!」

「きゃー! お兄さん格好いいー! 抱いてっ!」

「お待ちになって、皆さん! まずは騎士様にちゃんと御礼を申し上げなくては!」

「! 確かにそのとおりですわ。それでは皆さん……せーのっ、」




「「「「「「「「「「ありがとうございましたっ!!!」」」」」」」」」」




 今もまだそこらじゅうの壁面かべに繭ではりつけにつけられたままのお嬢様たちの、しかし、そうとは感じさせないほど明るい声が勇魚の耳朶じだを打つ。




『見えますですか、おにーさん。あなたが護った者たちですよ』

『おにーちゃんがいてくれたから、彼女たちの笑顔は護られたんだヨ。その日常もネ』




「……そう、だな」


 勇魚は自分へと向けられた笑顔を順繰りに見遣り、


「少しは気張った甲斐があったかな」


 無意識のうちに微笑み、ひとちて――そこでふと気になって、笑みを引っ込めた。


「………………で? あのコたち、どうやってあそこから救い出す?」




『『……あ。』』




 どう考えても、空でも飛ばないことには救出できそうにないのだが。


「ボク、流石に空を飛ぶ手段までは持ち合わせてないよ? 受肉を解除して魂魄タマシイだけの状態に戻れば別だケド……それじゃあ文字どおり手も足も出せないし。アレ、キミたちだけでなんとか出来る?」




『『………………』』




 返って来たのは、言葉よりも遥かに雄弁な沈黙だった。


「それに、どうにかしてあのコたちを救い出せたとして。……どうやって地上まで送り届ければいいのカナ?」


 勇魚の問いにしばし黙考していた双子は、やがて「そうだ!」と声を弾ませると、




『こう……「全球凍結」スノーボール・アースのチカラを使ってですね、あのコたちが囚われている場所まで、氷の階段を作るですよ。階段は大きな氷のブロックを生成して積み重ねていけば、作れないことはないはずです』




「うん。……うん?」


 その時点で結構な重労働になりそうだが……、とりあえず先を促す。




『でネ、全員を繭から引っこ抜いて救出したら、同じ要領で地上まで続く階段を作って、あのコたちにはそれを使って地上へ戻ってもらえばいいんだヨ』




「いや、待って? それ、普通に危なくない? だって氷の階段でしょ?」


 自分があのコたちを救出する際の手段としてはまあアリだろう。自分が気を付ければいいだけだ。


 しかし、


「地上まで続く階段となると、かなりの段数になっちゃうよね? それを使って地上へ戻ってもらうって……。ほとんどが袴姿のお嬢様たちだよ? 中には幼稚園くらいの子とかもいるし。絶対足を滑らせて転げ落ちるヒトが出てくると思うよ?」


稀少地球レアアース』のチカラ――未来線選択ルート・セレクトもせいぜい数十秒後の未来までしか選択・決定できないため、『全員を無事に救出できた未来』を引き寄せるというのも難しい。




『ええ。ですから、あのコたちは自分で歩かせないで、おにーさんがお姫様抱っこで地上まで運んであげればいいのですよ☆』

『一人ずつ順番に。地道にネ。見たトコ、軽~く百人はいるっぽいケド。あと、みんなおにーちゃんを見て、キャーキャーはしゃいでいるからいろいろ気を付けて。頑張ってネ☆』




「…………………………」


 勇魚はお嬢様たちを見上げ、彼女たちが軒並み頬を赤らめ、熱っぽい視線をこちらへ送ってきているのを確認し、虚ろな目になる。


 ……とてもとても面倒くさいことになりそうな予感がした。

 この上、彼女たちを一人一人お姫様抱っこなんかしたら、ますますややこしいことになりそうな……。

 ただの自意識過剰、モテない童貞の勘違いならいいのだが……。




「こらーっ! おまえたち! 勇魚に色目を使うなぁ!」

「そーだよ! 勇魚さんは穂垂たちの勇魚さんなんだからね!」

「……勇魚くん、もう限界。おしっこ漏れる……!」




「ハア……」


 いつまでもこうして悩んでいても仕方ない。

 覚悟を決めた勇魚は、かつて『妹』だった者の愛娘、ぎゃーぎゃー騒いでいる愛し子たちの救出から取り掛かることにする。

 勇魚の戦いはまだ始まったばかりだった。


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