♯15 永遠の存在者③  お兄ちゃんだからね(後編)


「ただ、念のためこれだけは確認しておきたいんだケドさ。キミたちもテルルとレア同様、ボクが元いた宇宙でワームホールに呑み込まれ『ここ』に辿り着くことになったキッカケ、理由については、何も知らないんだよね? すべてはただの偶然なのか――なんらかの必然によるモノなのかも」


「……はい」

「わかんね」

「知らないわ」

「なら、いい。訊きたいことはもう無いよ」

「……わたくしからもひとつお訊ねしてよろしいでしょうか?」


 そのまま三柱さんにんに背を向けて「じゃあね」と現実世界へ戻ろうとする勇魚をマナが引き留める。

 勇魚は振り返ることなく、


「なんだい?」

「やはり戦うおつもりですか? 守人もりびととして。この地球ほしの上で暗躍している『何か』と」

「……まあ、話を聞く限り、その『何か』は、『妹』たちやその娘たちにあだなさないとも限らないようだし」


 正直、戦うのが怖くないと言えば嘘になるけれど。


「幸か不幸か、ボク、もうほとんど死んじゃっているようなものだし。本来なら傷付く肉体も落とす命も無いワケだしさ。そういう意味じゃ、今更恐れるものなんて有りはしないから」


 そう……自分にはもはや失うモノなど何も無い。

 唯一、あの双子を除いては。

 だというのに――マナはそのことに、わざわざ言及してくる。


「たとえあなた様が勇気を振り絞って戦い、懸命に護ったところで、報われることは無いかもしれませんよ? あの様子では『妹』たちが再びあなた様に心を開くことは望めないでしょうし、その娘である結芽ゆめ穂垂ほたる銀花ぎんかの三人も、いずれ大人になり常識や分別を身につければ、恩を忘れ、あなた様を忌避するようになるかもしれません」


 こちらを、自分たちとは相容あいいれない存在――得体の知れない宇宙人と見做みなすようになって。

 彼女たちの母親がそうであったように。


「……それでいい」


 勇魚はそこでようやく振り返り、微苦笑を浮かべて答える。


「あの子たちには異地球人ウチュウジンや造物主といった非日常的な存在とは無縁の、退屈だけど穏やかな日常を送ってほしいからね」


 

 ……まるっきり淋しくないと言ったら嘘になるけれど。

 ……忘れてほしくない、嫌いにならないでほしいという気持ちが微塵も無いと言い切れるほど、自分は強くないけれど。

 でも、そのほうが彼女たちの幸せのためだと思うから……。


「……やはり……。二十四年前、休眠ねむりにつくことを決めた時点で予想されていたのですね……。いずれ『妹』たちに拒絶される日が来ることを」

「そりゃそうだよ。だってボク、宇宙人で、その上オバケも同然だよ? 漫画や小説じゃないんだから。常識や分別があったら、そうそう受け容れられるものじゃないよ。同じ星で生まれた人間同士ですら髪や肌の色、文化、信じる神様が違うというだけで、わかり合ったり受け容れたりすることは難しいってのにさ」

「それでも――護るのですね」

希実のぞみたちはもう大人になってしまったけれど。向こうにとってボクはもはや『兄』じゃないのかもしれないけれど。一緒に過ごした時間は、せいぜい半年程度だケド。でも、それでも、ボクにとっては今も『妹』なんだよ」


 それはきっと、これから先どれほどの月日が流れようとも。

 永遠に。


「……親心みたいな感じですか? 我が子が何歳になろうと……それこそ結婚して親になろうと、親にとって我が子が子供であることは一生変わらないという」

「やめてよなんか一気に老け込んだような気分になったじゃんそれならまだ老婆心って言われたほうがいいよ」


 勇魚は一息でツッコんで、肩をすくめる。

 そして変わらぬ口調で言った。


「――たんに、ボクに家族の温もりや愛情というモノを教えてくれた『妹』たちとその子らに、幸せになってほしいだけさ。その邪魔をする存在モノは排除する。それだけ。の独りよがりな決意だよ」

「………………」「「っ」」


 その告白にマナは言葉を失い、静かにやりとりを見守っていたクーとリッカも息を呑む。

 無理もない。

 それは『妹』たちにも語ったことのない過去。

 あの双子すら知らない秘密の生い立ちだった。


「彼女たちには、一見ありふれた日常、けれど掛けがえの無い日々……自分を愛してくれる家族の笑顔と温もりの中で、生きていてほしいんだ」


 それは、自分がずっとずっと欲しくてたまらなかったモノ。

 道端ですれ違う家族を見送っては、どうして自分には与えてくれなかったのかと、ときに神様と世の中を呪いすらしたモノ。

 そして、もう永遠に手に入らないモノなのだから……。


「それに、さ」


 勇魚は苦笑を浮かべる。


「絶対調子に乗るだろうから、当人たちの前では口が裂けても言えないけれど。テルルとレアの存在にボクがずっと救われてきたのは、動かしようのない事実だからね……。情も移っちゃってるし。あの二人の隣や、彼女たちの守人という立場を、手放すつもりは無いんだよ」

「デレた」

「イサ公がデレたぞ!」

「ついに……」

「ヒトをツンデレみたいに言わないでくれる今そーゆーおふざけしていい雰囲気じゃなかったよね」

「失礼しました、つい」

「つーか、よーく考えたらおまえがあのチビどもを猫可愛がりしているのは昔からだったわ」

「最初からデレデレだったわね」

「え。ボク、キミたちの目にはそんなふうに映ってたの……?」

「ええ、まあ。昨日だってあの双子のこと、終始甘やかしてましたし。それこそ記憶が戻る前から」

「嘘っ⁉」


 自分では「昨日はもうちょっと構ってあげるべきだったかな?」と反省していたくらいなのだが。


「いくらなんでも甘やかしすぎじゃないですか。あれ以上構うって。二十四時間抱っこでもしているおつもりですか」

「心を読むのヤメて⁉」

「いい加減認めちまえよ。あのチビどものこと、ホントは可愛くて可愛くて仕方ねーんだろ? この四半世紀、片時もおまえの傍から離れず、変わることなく、おまえを慕ってくれているワケだしよ」

「う……ぐ。まあ、それについては否定できないケドも……。今となってはあのコたちが心の支えだから、ついつい甘やかしちゃってるトコはあるかもだケド……」

「良かったわ。そこを否定されてしまったら、あなたがあのおチビちゃんたちと隙あらばイチャイチャする理由が『実はロリコン』くらいしか思いつかないし」

「流石にそれは大袈裟じゃない⁉ ボクがいつあの二人とイチャイチャしたっていうのさ⁉」

「「「していないとでも?」」」

「していない! ……していない、よね……? あれ、そもそもイチャイチャってどこからのことを言うんだ……?」


 昨日のアレコレを思い出しているうちに、だんだん自信が無くなってくる。


「まあ、それはさておき、です」

「さておかれた……。ボク今、結構真剣に悩んでるんだケド……」

「先程のあなた様の発言を顧みるに、について、あなた様はいささか勘違いされているようですね」

「え?」


 勘違い?

 なんのことだ?


「まあ、良しとしましょう。全くの見当違いというワケでもありませんし。だからどうというものでもありませんから」

「何を言っているんだ?」

「大したことじゃねーよ。おまえがおまえでいる限り、なんの問題もねえ」

「?」

「私たちも――そろそろ覚悟を決めなきゃね」


 リッカの言葉にまずマナ頷いて、花園の真ん中でかしずくように片膝をつきそのこうべを垂れる。


「今こそ誓約のとき」

「えっ⁉ ちょっ、どうしたの急に⁉」

「いいから黙って見てろ」

「安心なさい。正式に婚い……契約を結ぶだけよ」


 見ればクーとリッカまでもが神妙な面持ちになり、マナにならうようにその場で片膝をついていた。

 造物主の眷属たち。この地球の生みの親たちが。

 それこそ――主上しゅじょうを崇めるかのごとく。

 そして三柱さんにんのオーバーロードは、これまでとは打って変わった真剣な声音、畏まった口調で宣誓する。


「我らが創造つくりしこの星、危難の時代に舞い降りた魂魄タマシイがあなた様であった幸いに感謝を。その八尋やひろしろ智鳥ちどりのごとき勇敢さと、52ヘルツの鯨にも劣らぬ気高さに、心からの敬意を」

「我ら三柱さんにん、今このときより天にあっては比翼の鳥、地にあっては連理の枝となり、未来永劫あなた様の魂魄タマシイに寄り添い、支えとなることを誓いましょう」

「未だ実体を持たぬ我らですが、今このときより、この身この心この魂魄タマシイは、髪の毛一本、細胞のひとつひとつ、魂緒たまのおに至るまで、余さずあなた様のモノ。我らのチカラ、どうぞ存分にお揮いください」

「えっ? えっ? えっ?」

「「「そして、」」」




『『『――どうかお護りください。未だ幼きこの地球ほしを。未熟なる愛し子たちを!』』』




 三柱さんにんの『声音こえ』が『思念こえ』へと変わったその刹那。

どこからともなく舞い降りてきた無数のモンフェ蝶により、視界が瑠璃色に塗り潰され――




「………………!」


 ――再び視界が開けたとき、真っ先に目に飛び込んできたのは、こちらの両肩を揺さぶりながら子供のように泣きじゃくる着物姿の女性だった。


「! よ……かった……っ、やっと目を開けてくれた……!」

「……希実?」


 ベンチに腰掛け、うつむいてたこちらの顔を、涙でぐしょぐしょになった顔で覗き込んでいた女性が、『妹』の一人だとわかり勇魚は困惑する。


「ど、どうかされましたか?」


 周囲を見回し、桜並木やコルダイテス、メタセコイアといった新緑に囲まれたレンガ道――生徒たちが散歩やジョギングを楽しめるよう用意された遊歩道らしい――に、自分たち以外の人影が無いことを確認してから、勇魚がとりあえず敬語で訊ねると、


「ちょっと前に従妹いとこ近重このえ……事務局長から私の携帯に電話が掛かってきて……」


 希実は涙を拭いながら、何があったのか語り出す。


「――『助けて! 引きり込まれる!』っていう叫びと沢山のヒトの悲鳴が聞こえて……」

「⁉」

「そのまま通話は切れてしまって……。嫌な予感がして、彼女や結芽……今ここに残っている全校生徒や教員たちが集まっているはずの講堂の様子を確認したら……」

「したら?」

「建物が……ペシャンコになっていて……!」

「………………っ」


 何が起こったのか、おおよそわかった。

 何故さっきまで一緒だったはずの双子の姿が見当たらないのか、

 そして、




 ――『それ以前に、独断専行はどうかと思います。あなた様抜きで勝ち目があるとでも思っているのでしょうかね、あの双子は』




 マナのあの言葉の意味も。


「アイツら……変なトコだけ気を遣いやがって……!」

「お願い……助けて……、今この地球上で何かが起こってるの……、私たちのような『ただの人間』の手には負えない特異な何かが……。みんなは……結芽は、それに巻き込まれてるのよ!」

「希実……」

「大切な娘なの……、この命より……他の何よりも……。夫が遺してくれた、たった一人の忘れ形見なのよ……!」

「!」


 忘れ形見。

 その言葉が意味するところに、勇魚は息を呑む。

 全く片親そうと悟らせなかった結芽の天真爛漫な振る舞いを思い出し、胸が締め付けられる。


「ねえ、お願い……どうかあの子を……みんなを助けて!」


 そして。






「お願いだよ……!」






 その、あのころの呼びかた……幼少期に戻ったかのような口調に。


「……ああ」


 勇魚は、改めて覚悟を決めた。


「わかった」


 戦いに身を投じる覚悟。

 護るために戦う覚悟を。

 ……たとえ、報われずとも。

 必死に護った相手に拒絶される日が、いずれ来るとわかっていても……。


「大丈夫だ」


 ……もっとも。

 報われたい、助けた相手にまで拒絶されるのは哀しい――そう考えてしまうことそれ自体が、自分の浅ましさの証明なのかもしれないけれど。

 そんな自分には、この子たちの『兄』を名乗る資格なんて、最初はじめから無かったのかもしれないけれど。

 それでも、


「心配は要らない」


 自信たっぷりに、そう告げる。

 今やずっと年上になってしまった『妹』の頭を、そっと撫でて。

 自分がこの子に兄貴風を吹かせられるのも、きっとこれが最後だ――そんなことを思いながら。




「お兄ちゃんに任せておけ」


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