♯5 幽明界の上に立ち④ もっと普通のヒロインを所望します(後編)



『人類進歩』グレートジャーニー?」


「はい。そのチカラ、与えられた役割は、宇宙間集合無意識アカシックレコードと呼ばれるすべての平行宇宙――多元宇宙マルチバースの歴史が記された情報の海アーカイヴからオリジナルの地球に関する記録を引き出し、この模造地球の人類の無意識に植え付けることで、出アフリカといった新天地進出の決意や、インスピレーションを与えるというモノ。そしてそれにより種としての拡散を促したり、発見や発明、創作活動を促すことで文明の進化と発展をオリジナルの地球の人類が歩んだそれと可能な限り同じ方向へ導くこと。……の、はずでした」

「オリジナルの地球の人類が歩んだそれと可能な限り同じ方向へ導く……ね」


 勇魚は市場で見た宮沢賢治……もとい、宮沢賢一のお札を思い出す。


「……で? その〈太母〉グレートマザーとやらは、なんの目的があって二十五年前、あんなことをしでかしたんだ? 現在いまはどこで何をしているのさ?」

「それもまだ秘密です」

「また⁉」


 答えるマナにゲンナリする勇魚。


「あんまり一度に沢山の情報を詰め込んでも、あなた様の脳では処理しきれないでしょう?」

「否定は出来ないけども! 今、ボクのこと馬鹿にしたよね⁉」

「代わりに、おまえが知りたいだろうことをひとつ教えてやる」


 クーが割って入ってくる。


「もう薄々察してるだろうが、ここは現実じゃない。おまえの心の中、精神世界だ。この花園は所謂いわゆる心象風景ってヤツだな。霊的スピリチュアルな存在であり、実体を持たないアタイらも、ここでなら姿カタチを得ることが出来る。おまえが現実で気を失ったり、寝たりして、意識をこっちへと向ければ、こうして面と向かって話も出来るってワケだ」

「ちょ、ちょっと待って! ここがボクの精神世界⁉ この花園がボクの心象風景だって⁉」


 この一見メルヘンチックなようでひどく寒々しい場所が……?


「そう。あなたの魂魄タマシイに乗り移ってからこっち、私たちはここに囚われ続けているようなものなの」


 勇魚の問いにリッカはアッサリと肯き、


「――で、あなたの魂魄タマシイが再起動してからは、ここであなたの行動を見守っていたワケだけれど。いつまで経っても何ひとつ思い出す気配の無いあなたに、マナが痺れを切らしてしまったみたいでね。私たちになんの相談も無く、あなたをここへ招待してしまったのよ。それもかなり強引なやりかたでね」

「二十五年前のようにこちらの伝えたいことをテレパシーで一方的に伝えるというやりかたもあったのですが、あなた様にはこうやってお伝えしたほうがわかりやすいかと思いまして」

「強引なやりかた? あ、さっきの頭痛か! ボクを気絶させて、意識をこっちへ向けさせるために――」


 勇魚は合点がいき、「アレ、メッチャ痛かったんだけど⁉」とマナへ詰め寄ろうとするも、そこでふと我に返り、


「――って、そうだ! すっかり話し込んじゃったけど、今はそれどころじゃないんだよ! 今、いろいろと厄介なことになっていて……!」

「ご安心を。あちらではまだ十秒ほどしか経過しておりませんので。精神世界と現実世界では時間の流れるスピードが違うのです。それもあなた様をここへ招いた理由のひとつですし」

「え。そうなの?」

「おう。つーかよ、ンな厄介なことになってるんなら、尚更おまえはまだ戻るべきじゃねーだろ。ちゃんとここでチカラの使いかたを思い出していけよな。アタイらのチカラを使えば、海上の船を追いかけるのはさして難しくないんだからよ」

「じゃあ、キミたちはボクにチカラの使いかたを説明するために……?」

「そうよ。私たち眷属はね、あのおチビちゃんたち同様、この星の住人同士のいざこざに干渉することは固く禁じられているのだけれど。でもあなたの場合、異地球人ウチュウジンさんだから。本来この星の住人ではないあなたになら、どれだけ干渉しようと、〈宇宙意思コスモス〉の意に背くことにはならないでしょう? 仮にあなたが私たちの干渉――助言や助力のもと、この星の住人同士のいざこざに介入したとしてもね。――どう? 完璧な理論武装だと思わない?」

「そ、そうかなぁ……?」


 ただの屁理屈に思えるのは自分だけだろうか。


「――あ。それであんな映像を見せたのか? 百聞は一見に如かずだから」

「それもあります。……実を言うと、あの映像を見せればあなた様が記憶を取り戻してくれるのではという淡い期待もあったのですが……。無駄だったようですね」

「ホントはよー、せっかくだし、使もあっから、それに関連する映像も見せときたかったんだけどな。いくらあっちとこっちで時間の流れるスピードが違うとはいえ、おまえからすりゃ今は一分一秒を争う事態だろうからよ。それはまたの機会にしとくわ」

「まあ、今はまだが姿を見せたワケでもないしね。一応、あとで鍵となる映像は見せておくから、ちゃんと自分で思い出すのよ?」

「待って!」


 今、サラッと言われたが。


「敵? 敵って何⁉ もしかしてボク、何か厄介ごとに巻き込まれようとしてない⁉」

「ですからまだ秘密です」

「だからやめてよ、そうやって意味深なこと言っておいて勿体ぶるの!」

「いいじゃねーか別に。どうせもう厄介ごとに巻き込まれてんだろ」

「それはそうだけども!」

「さ。さっきの映像で、私たちのチカラについておおよそそのイメージは掴めたでしょう? なら、どう使えばいいのかもあなたならわかるはずよ。そろそろ戻りなさいな」

「いやまだいろいろと訊きたいことが、」

「どうかもう一度お見せください。わたくしどものチカラを揮うあなた様を」

「おまえの生き様。ようを」

守人もりびとの勇姿を、ね」

「だーかーらー」


 そこで勇魚はふと気付いた。

 三柱さんにんの眷属の左手の薬指に、自分や双子が填めているのと同じ虹色のシグネットリングが填まっていることに。

 そしてマナのそれには『Ω』、クーのそれには『♍』、リッカのそれには『♈』の刻印が、それぞれ刻まれていることに。


「ああ――そうか――」


 それに気付いた瞬間、勇魚はみっつのチカラの使いかたを自然と思い出し……直後、三柱さんにんの眷属の姿を含む周囲の風景が、何処いずこからか舞い降りてきた無数のモンフェ蝶によって遮られる。


「っ」


 視界を覆う蝶たちの翅で織り成されたスクリーンには、端々に施された黄金色こがねいろ金属彫刻エングレーブと、所々に浮かび上がる白鳥を模った蒼紫の光芒が神々しい、幻想文学の世界から飛び出したかのような美しい留紺とまりこん全身甲冑プレートアーマーに身を包んだ謎の騎士が映っていて――


「この騎士は……⁉」


 騎士の、両の顳顬こめかみで揺れている純白の羽飾りと、フェイスガードの中央部に覗き穴スリットの代わりに施されている黄金の十字星が目を惹く蒼いヘルム――その奥でじっとこちらを見据えているであろう双眸と、目が合ったと思ったその瞬間。




『『『刻み込め、森羅万象その魂魄タマシイに!』』』




 三柱さんにんの眷属の声が頭の中に響き渡り――




「おにーさん⁉」

「おにーちゃん⁉」


 ――双子の呼び掛けにハッと我に返ると、目の前の景色は元いた夕暮れの波止場へと切り替わっていた。


「今のは……白昼夢……? ……ンなワケないか。そうか、戻ってきたんだな。現実空間に」

「おにーさん! いったいどうしたですか⁉ 何を言っているです⁉」

「突然ピクリとも動かなくなったから、すっごく心配したんだヨ……?」

「……会ってきたんだ。マナやクー、リッカに」


 心配そうに覗き込んでくる双子に、地に片膝をつき、痛む頭を押さえながら答えると、


「えっ……? それって〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスたちのことですか⁉」

「おにーちゃん、〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスたちに真の名を教えてもらったの⁉」


 それを聞いた双子が目を丸くする。


「? それがどうかしたの?」

「……これまで〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスたちが真の名を明かしたのは、彼女たちの主、つまりあたしたちの母様だけのはずなのですよ」

「え……?」

「つまり、おにーちゃんは認められたんだヨ。〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスたちに。自分たちの新たな主になる資格がある、とネ」

「新たな主になる資格? ボクに?」


 この宇宙の造物主、その眷属たちの……?


「はい。もっとも今はまだ、自分たちの主として本当に相応しいか見定めている段階かもしれませんですが」

「でも、それだけでも充分すごいことだヨ。……信じられない」

「はあ」


 イマイチ、ピンと来ない。


「……でも何故彼女たちは今になっておにーさんに真の名を明かす気になったのでしょう? 〈太母〉グレートマザーとの決戦――

「やっぱり……、は、〈太母〉グレートマザーが言っていた――」

「待て。勝手に納得するんじゃない。ちゃんと説明しろ。前回の戦いだの今回の事件だの、なんの話さ? 休眠していたボクをキミたちが起こしたことと、何か関係があるのか?」

「………………ぴっ、ぴっ、ぴー♪ ぴぴぴっ、ぴぃー♪」

「………………ぴーぴぴ、ぴぴぴぴっ、ぴぴぴっぴぃー♪」

「口笛を吹いてトボケるな。『鳩ぽ〇ぽ』で誤魔化そうとするな」

「おにーさん、今はそれどころじゃないのですよ!」

「そうだヨおにーちゃん! 早く誘拐犯たちを追わないと!」

「そうだった! 今はそれどころじゃないんだった!」


 目を逸らし口笛を吹く双子に詰め寄ろうとした勇魚は、言われて状況を思い出し、夕陽で紅く染まる海原へ慌てて向き直る。

 誘拐犯たちを乗せたプレジャーボートは、ちょうどこの島と本土の中間辺りに辿り着くところで――


「逃がすかっ!」


 ……そこからの動作は、ほとんど無意識のうちに行なっていた。


 右手薬指に填めているほうのシグネットリング、その表面に刻まれた刻印のひとつ、『♈』の紋様が、バチバチと青白い放電を放つのと同時に、脇腹の横でグッと固めた右の握り拳にピンと伸ばした左の掌を打ち付ける。


「はあっ!」


 次いで勇魚は咆哮し、打ち付けた左の掌を、今度は手刀のごとく水平に振り抜き――

その軌跡をなぞるように、左手の指輪から放電が迸って――


「! ま、まさかそれはっ⁉」

「もしかして、〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスたちにチカラの使いかたを思い出させてもらったの……⁉」




「全球凍結」スノーボール・アースインヴォーグ――水鏡氷結フロストフラワー




 瞠目する双子の問いと、それを掻き消すように勇魚の頭の中に響く〈神の財産目録管理人ホワイトデイジー・ベル〉リッカの思念こえ


「くらえっ!」


 勇魚は再度咆哮を上げ、左腕に巻き付いた青白い放電の渦を、固く握った拳に纏い、足元のコンクリートへと叩きつける……!


 刹那、ビシィ……ッと眼前の大海を構成する原子が動きを停止する音がした。


 リッカの制御のもと勇魚の左手から放たれた放電が、足元のコンクリートを伝わって眼前の大海へとその触手を伸ばし、そこを満たす大量の水をたちまち凍り付かせたのだ。


 それも、勇魚が今いる波止場から、プレジャーポートが浮かんでいる地点までの海域、そのすべてを。帯状に。

 不確定性原理も、熱力学第三法則も超えて。

 人工的に――否、に生み出された絶対零度によって。


 それはまさに神の御業。

 規模こそ違えど、かつてこの地球を見舞った歴史的大イベント、全球凍結スノーボール・アースを彷彿とさせる事象。

――


「……もう二度と?」


 余波により一帯の大気の温度が急激に低下し、空気中の水分すらもが凍り付いたことで発生したダイアモンドダストの、夕陽を反射してキラキラと舞い散る神々しさに目をすがめつつ、勇魚は自身の思考に戸惑う。


 が、今は考えている場合ではないと気付き、


「『地球系統ガイア・システム』解除」


 受肉をいったん解除、無数の紫の燐光と化すと、ゆらゆらと立ち昇る白い鬼火――魂魄タマシイだけの状態になる。

 そしてふわふわと浮かび上がると、遥か彼方、氷の花が咲き乱れる海に固定されたプレジャーボート目指し、一転、弾丸のように翔けた。


「⁉ 『地球系統ガイア・システム』まで無自覚に使いこなしているのです⁉ ま、待ってほしいのですよ!」

「置いていかないでよぉ! わたしたち、そんなに早く飛べないんだヨ!」


 ……双子の制止すら意に介すことなく。


 自分が忘れてしまっている大切な何か、そのヒントがあの船にある……そんな根拠のない予感に衝き動かされるように。






「………………」


 ――だから勇魚は気付かなかった。

 地球の分霊である双子もまた。

 近くの倉庫の物陰から自分たちを観察していた者の存在に。


「フフフ……」


 その魂魄タマシイだけで飛び立つ勇魚と、慌ててそれを追いかける双子の背中を見送りながら、口の端を吊り上げてほくそ笑む。

 それは蟻を踏み潰して遊ぶ幼子おさなごのような、無邪気かつ残酷な笑みだった。



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