♯1 PrologueーHello,World!ー(後編)
予期せぬ事態に、地球の分霊である双子はもちろんのこと、〈
彼女たちが見守る中、燐光を浴びた恐竜たちの生き霊が次々に掻き消え、見る見るその数を減らし……、
「「「!」」」
それとは対照的に輝きを増しながら渦を巻く燐光の源、クレーターの中心で、半ば
それは燐光を吸収すると、眩い閃光とともに
黒髪と黒瞳を持つ、十代半ばの少年だ。
「「っ」」
息を呑む双子と三人の女の子のもとへ瞬時に移動した少年は、今も気を失ったままの女の子たちの顔を覗き込むと、僅かな逡巡の後、そのみっつの唇に自身の唇を順に重ねていった。
「ちょっ⁉」
「何をして――」
少年は唇を親指で拭うと、自身が
同時に、固く握り締めた右の拳を勢いよく振り上げた。
「「………………!」」
凝固。
そして凍結。
少年が拳を振り上げたのと同時、耳を
空気中の水蒸気が昇華して生まれた幾多もの煌めき――無数のダイアモンドダストが、瞬く間に結合、
キラキラと眩いその壁は、たちまち高さ数十メートルはあろうかという巨大な氷山へ成長すると、倒壊する塔身を軽々と受け止め押し戻した。
「「なっ……!」」
絶句する双子。
少年は振り上げた拳を今度は流れるような動作で振り下ろす。
すると、それまで頭上の夜空を切り裂くように通り過ぎていた流星群、無数の隕石が、
それらは氷山によって押し戻された時計塔へことごとく命中すると、撃ち抜き、削り取り、粉砕して、たちまち大量の
無論、それらは轟音と粉塵を撒き散らして周囲一帯に降り注ぎ、そのまま双子たちを呑み込んでもおかしくなかったが、少年が続けざまに天へ
大小様々な瓦礫、無数の砕片のすべてが、不自然なほど双子や女の子たちを避けて降り注ぐ。
「「これは……!」」
少年が因果に干渉し、無数に分岐する未来の中から『奇蹟的にもなんの被害も出なかった
……そして。
「「………………っ」」
茫然とする双子へ振り返り、その無事を確認して安堵の笑みを湛えた少年は、そのまま無数の燐光となって、ふっ……とその場から掻き消えた。
まるで幻か陽炎だったかのように。
あとに残ったのは、巨大な隕石の傍らでゆらゆらと揺れるあの白い鬼火のみ……。
「間違いないのです……」
まだ僅かに紫の燐光を帯びているそれを、
「今の紫の燐光は、
「じゃあ……」
黒髪をツインテールにしたほうのガイアもまた、
「それを利用して受肉・顕現したあのおにーちゃんも、恐竜たち同様、『
「いえ……それは無いのです」
「えっ?」
「だって、さっき、倒壊する時計塔からあたしたちを守るためあのおにーさんが揮ったのは、『
「! そう言えば――いや、でもあり得ないヨ! 今それらのチカラを揮えるのは、チカラの源泉にして管理者である者たち……つまり、母様の眷属をその身に宿したこの子たちだけのはずだヨ? 第一、どうしてそれらのチカラの使いかたをあのおにーちゃんが知ってるの?」
考えられるとすれば――
「おそらく何かのキッカケで休眠から目覚めた
「そんな……! 確かに実体の無い存在同士、テレパシーによる意思疎通は簡単だったろうケド。母様の命でしか動かないはずの眷属たちが、自らの意思で宿り主の変更を……? ――ううん、待って! 仮にそうだとしても、そもそも複数のチカラを一人で揮うなんて真似は、この模造された地球――第3910平行宇宙を出自とする魂魄には、絶対に不可能なはずだヨ!」
何しろそれは、自分たちはもちろん、〈
唯一の例外は、それこそこことは別の……第0宇宙を出自とする母くらいで――
「そう。もし、母様以外にそれが可能な存在がいるとすれば――」
「! この鬼火……
あの恐竜たちのような、かつてこの
今宵、『
「「母様が生まれた第0宇宙……オリジナルの地球の人間の――」」
異口同音に呟いて、直後、双子はハッと我に返る。
「「〈
慌てて周囲を見回すも、とき既に遅かった。彼女たちが散々苦労して追い詰めたベレー帽の童女、〈
「残念……」
「無念……」
がっくりと肩を落として、双子は白い鬼火へ向き直る。
そしてゆらゆら漂うそれへ……隕石に乗ってこの地球へとやって来た『彼』へ、そろりそろりと歩み寄ると、
「……ごめんなさいなのです。本来ならば部外者であるおにーさんを、この
「……その上おにーちゃんはわたしたちを助けてくれた……。なのに、わたしたちはこのあと恩知らずな真似をしなければならないの……」
項垂れ、唇を噛みしめつつ、無言のまま漂う『彼』の朧げな輪郭にそっと掌を添えた。
「おにーさんの
「けれど、今やその
……だから、自分たちは。
……そして、この地球は。
「「あなたを受け容れるワケにはいかないの……」」
そう……少なくとも、今はまだ。
『彼』というイレギュラーが、この模造された地球に何を齎すのか。その
もちろん、
「「ごめんなさい……」」
もう一度だけ謝って、双子は
そして先程『彼』が『
すると『彼』は
「これで誰もおにーさんに近付くことは出来ません……」
「偶々ここを訪れた女性がおにーちゃんを胎に宿すこともないんだヨ……」
氷山の表面に浮かんだ小さな光の波紋を見つめ、双子はしばし立ち尽くす。
他にもやるべきことは多々あったが、どうしてもすぐにこの場から立ち去る気にはなれなかったのだ。
何故ならば……。
「……おにーさん」
「……おにーちゃん」
何故ならば、先程『彼』から向けられた温かな眼差し、胸を締め付けられるような衝動に駆られた優しい笑顔が、どうしても瞼の裏に焼き付いて離れなかったから……。
だから……。
「「――――――っ」」
気が付くと、この地球の分霊である彼女たちは、眼前に聳える氷山の根元、その表面に浮かんだ光の波紋へと、無意識のうちに手を伸ばしていた。
まるで、大好きな兄に置いて行かれ、小さくなってゆく背中へ必死に手を伸ばす、物心ついたばかりの幼い妹のように……。
「「白鳥座に架かる
優しい優しい地球人さん。
――いつかきっと迎えに来るからね……」」
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