♯10 52㎐の鯨③ わーいハーレムだぁ(棒)(前編)
「では皆様。どうぞお乗りください」
専属の運転手らしいスーツ姿の女性に促されて、
そして車内とは思えないほど広々とした空間の一角、緩やかなL字を描く真っ赤なロングシートに腰を下ろすと、「はぁー……」と感嘆の溜め息を漏らした。
「いかにもVIP専用って感じの内装だなぁ。テレビや冷蔵庫まで付いてるし」
いっぽう、対面のシートに腰を下ろした
「慣れると普通の車とさして変わらんぞ? 不便なトコもあるし」
「広い道しか走れないもんねー。デカくて小回りが利かないから」
「……この島では使い勝手が良くない。島の道路は、大半が狭い市道だから」
とかなんとか言いながら欠伸をしたり、冷蔵庫からジュースを取り出したり、車内に流れていたBGMの音量をリモコンで下げたりと、慣れた様子で寛いでいた。
「別に疑ってはいなかったケド……本当にお嬢様だったんだな、この子たち」
「……
恭しくお辞儀をしてドアを閉じた運転手に、窓を少しだけ開けてすぐに車を出すよう指示した
勇魚はどう答えたものか一瞬迷うも、結局、
「その……、今日です」
嘘ではないが、本当とも言えない答えを返した。
「そうですか。……観光か何かで?」
「え? えーと……まあ、そんなところです」
「……良い想い出を作れそうですか?」
「良い想い出かはわかりませんが、いろいろと強烈な想い出は作れてます……」
地球の分霊である双子に
誘拐犯たちを海上まで追跡したり。
助けようとした女の子に強烈な跳び蹴りを見舞われたり。
トンボの化け物と戦ったり。
二度と会えないだろうと思っていた『妹』の一人と再会したり。
「母様! 先程もお話ししましたが、勇魚の正体はあの絵本に登場する亡霊騎士なのです!」
と、そこで結芽が立ち上がり、目を輝かせながらまくしたてた。
「ほら、母様が『これはムカシ本当にあったことなのですよ』と毎晩寝る前に読み聞かせてくださったあの絵本です!」
「……結芽」
「母様が
「結芽!」
が、希実はそれをピシャリと遮る。
「か……母様?」
「走っている車の中で立つのは危険です。ちゃんと座っていなさい」
「は、はい」
「それと勘違いしないように。私がこの方々を解放するよう警察を説得し、今宵の泊まる場所やお食事をご用意したのは、誘拐されたあなたたちを救うためにこの方々が動いてくれたことは間違いなさそうだからです。決して鵠様が不思議なチカラを揮って誘拐犯たちと戦っただの、変身してトンボの化け物を斃しただのといった与太話を信じたワケではありません。そんな夢と現実の区別もついていないような与太話を放言するなど、由緒正しき
「なっ……与太話って、」
結芽は絶句すると、再び立ち上がって縋りついてくる。
「勇魚! おまえからも説明してくれ! わたしが言ったことは全部事実だと! いや、論より証拠だ、今この場でチカラを揮ってみせてくれ!」
「ええっ⁉」
「いいではないか、減るモノでもなし! その目で見れば母様だって、」
「結芽。いい加減にしなさい。母は本気で怒りますよ」
「っ」
「座りなさい」
「……はい」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、鵠様。なにぶん、娘は夢見がちな年頃でして」
「………………」
「……どうされましたか?」
「あ、いや、」
母娘のやりとりをジッと見守っていた勇魚は、怪訝そうに訊ねる希実へ、クスリと笑って答える。
「なんて言ったらいいのか……、ホントにお母さんなんだなぁ、と思って。――心中お察しします。可愛い我が子には得体の知れないモノと関わってほしくないと思うのが、普通の親ってモンですよね」
――『母様の意地悪! どうして兄様と会っちゃダメなの? 私は兄様が大好きなのに!』
「………………」
無言で目を逸らす希実のどこか気まずそうな顔に、勇魚は「やっぱりそうなんだな……」とひとつの確信を得、結芽は「……………?」と
「おにーさん……」
「おにーちゃん……」
気遣うようにこちらを見上げ、次いでキッと責めるように希実を睨む双子の頭を優しく撫でてやりながら、勇魚は希実に訊ねた。
「それで? この車はどこへ向かってるんです?」
「弟橘媛女学院。この子たちが通っている学校です」
「えっ……学校? 旅館やホテルじゃなく?」
何故こんな夜更けに、そんなところへ?
「それは――」
「ちっちっちっ。ウチはそんじょそこいらの学校とは違うんだよ、勇魚さん!」
「……口で説明するよりも見たほうが早い。もう校門前に着いた。ほら見て、勇魚くん」
「どれどれ」
穂垂ほたると
「――え? もしかして、あのデカい城壁みたいな塀が両サイドに延々と続いている凱旋門みたいな建物が校門なの⁉」
視界いっぱいに飛び込んできた景観、アーチ状の赤レンガの建物を見上げて目を丸くする。
「へっへー。すごいでしょ?」
「……お客さんは大抵この校門に圧倒される」
「校門ってか、もはや関所じゃん! 校門でこれって、どんだけデカい学校なのさ⁉」
「当学院は名家の令嬢を数多く受け入れている名門校でして、下は幼等部から上は高等部まで、一通り揃っておりますので」
とは希実の説明だ。
「ちなみに敷地面積は、未開発の原生林が広がる丘陵地帯や地割れから毒ガスが噴き出ている
「二十年前かぁ……道理で記憶に無いワケだ」
毒ガスについては触れないことにする。
まず間違いなく、あの場所に誰も近付かせないための、ただの方便だろうから。
……そう。
目の前の三人の愛し子らが氷山の中で眠る者と関わりを持つことだけは絶対に避けるために……おそらくは希実辺りが考えた――
「全校生徒の数は千人ほど。一学年当たりの数は決して多くありませんが、当学院に入学するにはそれなりの資格要件を満たす必要があるため、生徒の数はどうしても少なくなってしまいます」
「資格要件? 例えば?」
「由緒正しき家柄であること。もしくは学問や芸術、スポーツといったなんらかの分野で一定の功績を残していること。その他いろいろです。当学院の教育目標、基本理念は『大和撫子の体現』ですので」
「大和撫子」
……つい結芽たち三人組を見てしまった。
「ちょっと待て! なんでそこでわたしたちを見る⁉」
「あー! 勇魚さん、何か失礼なこと考えてるでしょう?」
「……心外。あたしたち、どこからどう見ても立派な大和撫子」
「他意は無いヨ」
「「「棒読み!」」」
かしまし娘たちがぎゃーぎゃー言いながら詰め寄ってくるのを適当にいなしつつ勇魚は希実へと向き直る。
「
「はい。最高の環境と最上の教育を提供し、生徒の皆様に淑女としての素養と教養を身に付けて頂く。それが当学院の目指すところです。ですので、当学院を卒業しているということそれ自体が、良く言えば社交界などで一目置かれるステータス、悪く言えば政略結婚の際の付加価値となります。それもあり、例年やんごとなき方々が世界中からお集まりになる次第です」
「へ~」
つくづくフィクションじみた学校だ。
「はっはー。ちなみにわたしたちの場合は家柄を認められたパターンだな!」
「あー、でも銀花ちんは去年、フィギュアスケートの日本大会で優勝もしてるよね?」
「……うん。中学生以下の部で優勝した。ライバルたちによる妨害工作を跳ね除けて」
「へ、へ~……」
「いろいろなバックボーンを持った生徒がいるよな、ウチは」
「パッと思いつくトコだと、華道の家元の跡継ぎとか、外国の皇太子の
「……あたし、留学生のお姫様や大物政治家の隠し子だっていうコが同じクラスにいる」
「………………」
もはや相槌を打つ気にもならなかった。
希実の説明は続く。
「これより先、当学院の敷地内には、様々な設備を取り揃えております。各学部ごとに用意した校舎や部活棟を始め、アリーナ付きの体育館、水はもちろんお湯も張れる屋内プール、アイススケートのリンク、テニスコート、剣道場、柔道場、弓道場等々。また、中央グラウンドと呼ばれる校庭の他に、各種陸上競技のための競技場も別途ご用意しております」
「あと、馬術を習うための馬場と厩舎なんかもあるぞ!」
「音楽ホールとしても使える講堂や、体育館に負けない広さの武道館、茶室なんかもね!」
「……県営のそれを遥かに上回る蔵書量を誇る図書館もあるよ」
聞いているだけで眩暈がした。
「迷子になりそう」
「勇魚。一応忠告しておくが、車から降りても勝手にフラフラ歩き回るなよ?」
「在校生ですら迷っちゃうくらい広いからねー、ここ。本来、男子禁制だし」
「……職員や警備員も全員女性。ここに殿方は一人もいない」
「ええっ⁉ ボク、このまま足を踏み入れちゃって大丈夫なの⁉」
「大丈夫です、鵠様。心配要りません」
「本当に? 本当に大丈夫?」
「はい。幸いにも鵠様は中性的な顔立ちなので、この場にいる者以外の前ではウチの生徒ということにしますから。鵠様用の制服もご用意してありますし」
「待って! 女装しろってこと⁉ それボクにとっては大丈夫じゃないヤツ! そんなの一発でバレるに決まってるじゃん!」
今や年上である希実に、つい『兄妹』だったころのノリでツッコんでしまう。
「そうかぁ? 女装したら『ボーイッシュな見た目の女の子』で充分通ると思うぞ?」
「ぶっちゃけ穂垂ね、勇魚さんのこと初見で女のヒトだと思ったんだ! でも服装で『あ、違うな。男のヒトだ』って」
「……あたしも。最初、勇魚くんを見て『ボクっ
「ちっとも嬉しくないフォローどうも! ゴメンね、母さん譲りの童顔で!」
「おにーさん、こうなったら奥の手です! 本当に女の子になっちゃうのですよ☆」
「男の子でも、『
「人間の発想じゃない!」
ある意味、流石は地球の分霊と言うべきか。
「ご安心ください、鵠様。先程のは冗談です。このゲスト用の入校許可証を首から提げて頂ければ問題ありません。男子禁制とはいえ、業者や生徒の身内など、どうしても入校を許可しなければならないケースはありますから。その際、殿方に携帯して頂くのがこちらの入校許可証になります」
「って冗談かーい!」
「おい、勇魚。敷地内ではその入校許可証を外すなよ? 絶対だぞ? ウチの警備員に不法侵入した不審者と間違われてみろ、タダでは済まんぞ? 全員女性とはいえ、格闘技の経験者ばかりだからな」
「まっ、ウチの場合、警備員の前にまず生徒を警戒したほうがいいかもしれないけどねー」
「……先日侵入した盗撮魔さんは、剣道部や合気道部に所属する高等部のお姉様がたに囲まれてボコボコにされた上、身ぐるみを剥がされて、校庭の真ん中に吊るし上げられてた」
「こっちのお嬢様がた怖い!」
大和撫子の体現とはなんだったのか。
「ちなみにその一件は、盗撮魔がボコボコにされた事実も含め、新聞にデカデカと載ってしまったのですよ☆」
「その記事を読んだ世間の皆様は『これ、本当にお嬢様学校での出来事なの……?』と戦慄を禁じ得なかったみたいなんだヨ☆」
「なんでそんなことまで知ってるのキミたち……」
地球の分霊なのに。
「ですが、そちらのお二人の仰るとおりです。ここ数日はマスコミからの問い合わせと当学院のイメージ低下を懸念した保護者からの苦情の電話が途絶えず……。ただでさえ今は別件で頭を悩ませている最中だというのに……」
そう言う希実は、こころなしかゲンナリしているようにも見えた。
「その……ドンマイ」
勇魚に出来たのは、そんな言葉を掛けることだけだった。
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