47 クローンの三つ子

 天原が一日と暮らすマンションのドアを開けると、三人の少女がいっせいに天原を見た。三人とも全くと言っていいほど同じ顔立ちをしていて、その顔立ちは一日にそっくりだった。年齢は5歳ほどのようだった。


「誰ー?あんた」

 左の頬にオリオン座のようなあざのある少女が、天原を指さして言った。


「お父さんだよ」

 天原は言いながら、唐突に一日の考えを理解した。


 この三人の少女は間違いなく一日のクローンだ。一日は、長年、楽園に生命を生み出す存在について悩んできた。その答えがこの子供たちなのだ。この子供たちの中の誰かに楽園で生命を造り出す役目を負わせるつもりなのだ。一日は、クレナイクラゲと生命科学の知識を組み合わせて研究し、不老不死の身体を造れるようになっていた。その役目を負うことになった少女にその身体を与え、永遠に楽園で生命を造る仕事を与える。いや、それは永遠ではない、と天原は思い直す。数年前に作ったロボット、ホブリイエート・フェリオンP39、通称ホープのことだ。ホープはこの娘のために作られたのだ。千年後、ホープは目を覚まし、娘にメッセージを渡す。伊尾や奏のためというのはオマケに過ぎず、一日がやりたかった本当のねらいは、千年後も楽園で生命を造り続けているであろう娘にメッセージを送ることだった。


 一日は娘、自分のクローンを造るずっと前からここまで計画していたのだった。


「じゃあ、何なんだよ桜って……」

 三人の娘に背中に乗られたり、腕を引っ張られたり、眼鏡を奪われたりするのをさせるがままにしながら天原はつぶやいた。


❀ ❀ ❀


 娘たちはすくすくと成長していった。三人とも一日に似て、個人差や、得意不得意のムラはあるものの利発で、頭の回転が恐ろしいほど早かった。


 一日はトイロソーヴの研究がひと段落しているのもあり、毎日一日中娘たちの教育に勤めた。一日はよく三人の娘で討論をさせた。ディベートのように意見を戦わせ、その様子を注意深く観察し、記録していた。三人の中で誰が一番楽園の生命係の適正があるか見極めようとしているようだった。


❀ ❀ ❀


 娘たちが10歳になった年の春に、楽園は完成した。巨大な島一つを包み込む透明な球体。まるで、巨大なカプセルトイのようだった。すでに、日常生活をする社会の中でも、トイロソーヴの身体に同調済みの人をちらほら見かけるようになってきていた。


「ねえ、今年は家族で花見に行こうよ」

 一日は天原に言った。

「あそこの川沿いの公園の並木は今年も咲きそうって予想出てるし、みんなでお弁当作って行こうよ」


 一日とは、一日が10歳の少女だった時から付き合いがあるが、研究や仕事以外の、遊びの用事で誘われたことは今まで一度もなかったな、と誘われて初めて天原は気が付いた。


「もしかしてこれも、一日の計画のうちの一つに入っていることなのか?」


 一日は肩をすくめる。

「前言わなかったっけ。私は、純粋に桜っていう花が好きなんだよ。植物が軒並み絶滅していってる今、まだ生き残ってるなら見ておきたいって思うのが当然でしょ」


「そうか。ごめん。誘ってもらえてうれしいよ。週末に行こう」


❀ ❀ ❀


 花見の会場には、ガスマスクをした人たちが集まっていた。皆、ガスマスクをしてはいるが、満開に咲き誇った薄ピンク色の視界に歓声を上げていた。


「ここらへんにシートを敷こうか」

 一日はそう言ってひときわ大きな桜の下にレジャーシートを敷いた。天原は背中に負ぶっていた娘をレジャーシートの上に下ろす。


「靴履くの、そんなに嫌いか、コピー?」

 天原が聞くと、コピーは唇をへの字に曲げて、黙ったままそっぽを向く。


「まあいいじゃん。靴履きたくないなら、履かなくてもいい方法を考えればいいだけでしょ。誰も困らないって」

 一日はそうフォローして重箱を広げ始める。


 他の二人の娘、ウノとツーは少し離れたところを駆け回って、視界いっぱいの桜と春の温度を楽しんでいる。


「コピー、重箱広げるの手伝って」

 一日が言うと、コピーは黙ったまま重箱を広げる作業に取り掛かった。


「しかし、桜の下に座ってこうしていると、何もかも、本当に幸せな感じがするね」

 一通り重箱を広げ、日本酒を徳利に注いで一日が言った。天原と軽く突き合せて乾杯する。コピーは一日の顔を見る。


 風が吹いた。桜が舞う。視界がピンクの花吹雪でいっぱいになる。一日の笑う声が軽やかに聞こえた。徳利を見下ろすと、桜の花弁が浮いている。


 天原はぼんやりと、昔、一日が言った言葉を思い出した。

『一年のうち、たった一週間くらいしか花が持たない。雨が降れば簡単に流れるような花びら。雨風を運よく耐えても、一週間後には潔く風に身を任せて散ってしまう。もろくて、儚くて、美しい。すべての物がこういう美しい姿勢に敬意を払うべきなんだと私は思ってる』


「本当、そうだよなぁ……」

 天原は徳利を傾け、つぶやいた。

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