32 戦争

「我々は王の命令に従う市民であり、多少ガクのある文化人でありますが、同時にあなたがた文化人の卵を育てている立場でもあります。よって、あなたがたが争うかどうかは個人の判断で行ってください。ただし、ここは学園でありますので、ここで抗争が起きることだけはやめていただきたい。6月6日から、授業は理系文系で分けて毎日交互に実施します。寮はその日までに各自荷物をまとめて新しい部屋に移ること。詳しい学園の戦争中の規則や方針に関しましては、後に配布される資料に目を通しておくように」


 学園で席に着くと、すぐに講堂に全校生徒が集められ、集会が開かれた。完全に理系と文系が分断されるようだ。チャレンジャーコースのものは、王になるために全ての科目を勉強する必要があったが、それも、明確に自らの立場を決める書類を書かされた。戦争が終わるまではその選んだ分野しか学べないことになった。イオは理系を選択した。


 ばたばたしているうちに、あっという間に開戦した。


「俺たちのパーティーは文理が混ざってるんだ。戦争反対!あ、君、ぜひここにサインを……」


 中庭には戦争反対派がテントを立ててプラカードを持ち、署名を集めている姿があった。しかし、理系の曜日は理系が、文系の曜日は文系が、そのパーティーのメンバーのその系統ではないヒトを小突いたり殴ったりすることが増え、いつしかそのようなパーティーは中庭からいなくなった。


「理系こそが至高の学問!理系万歳!」

 いつしか缶バッジやハチマキ、旗など、分野を応援するグッズが出回るようになった。理系たこ焼きや理系焼きそばと称して屋台を出店するものまで現れ、真の理系なら食べてしかるべき、などと言って売りつける。


「おっと、君。缶バッジをつけていないじゃないか。俺はたくさん持っているから一つやるよ」

 廊下を歩いているとき、イオは急に後ろから先輩に声を掛けられ、その手に缶バッジを握らされた。

「あ、いや。……どうも」


 学生はみな、お祭りかなにかと勘違いしているかのようだった。


 具体的にどう戦っているのかはラジオから常に最新の情報が流れていた。王の第一秘書、すなわちテート・クロードであるヒサメがラジオのマイクに向かって文理どちらでもない立場から戦況を報告する。現在、中央ブロックの中でも主に南と西を分ける南西に巨大なフェンスが建設され、一部の列車が運行を停止したらしい。


 南は理科の塔、西は国語の塔があり、その真ん中のギウザスという町は激しい戦闘が続いているようだ。戦闘は、ガクをぶつけ合っているという。学生たちがテストのときに戦っていたあの青白い煙のような獣になるようだが、今多くのヒトがぶつけ合っているそれは、解けもしないし、ただ暴力的なエネルギーの殴り合いのようなものだった。


❀ ❀ ❀


「なんだ。お前はこんな戦争に興味がないんだと思っていたんだがな」


 夕食の時にコピーに箸で胸をさされてイオは自らのバッジを見下ろす。

「興味はないですが、他人事では済まされない感じになってきました。学園で過ごしているのも一苦労です」


 セトカは一応、理系用に用意された寮で暮らしているが、文系であり、友達のツガルともう数か月会えていないとこぼしていた。


 十月も終わりに近づき、秋のテストが近づいているのだが、学園内はそんな雰囲気ではない。学園の中でも先月抗争が起きて、三年生が二人死んだという。しかし、黒の塔では相変わらずの時間が流れている。イオとコピーの目の前には鉄板が敷かれ、ジュウジュウと音を立てるお好み焼きがある。戦争があっても、流通システムがすっかりおかしくなるというレベルにはなっていないようで――最も、これからなる可能性は無視できないが――学園の食堂のメニューも、黒の塔で出てくる朝食と夕食の食卓に変化はない。


 中央ブロックにある居酒屋やレストラン、その他の施設は客同士がトラブルになるのを警戒してか、店主と客の文理が違ったときのことを恐れてか、営業を自粛しているところも多かった。


「まあそうだろうな。……どうだ?エンシェの目から見ると、人間の愚かさは変わらないなあと思うか」


「きっかけが領土や民族、食料の取り合いじゃなくなった分、多少は進歩してますかね」


「どうだかな。今朝、バイから連絡があった。組み立てを順次始めているが、どうしても入手困難な部品があるようだ。話がしたいようだから、明日にでもからくり屋に顔をだすといい」


「わかりました」


「ああ、その時、ホープも一緒に連れて行ってくれ。楽園内で今一番都合がいいコンピュータを搭載しているからな。私が添削した設計図のデータが入れてある。いやはや、一台しかないから電波で通信はできないが、自分で歩いてくれるコンピュータというのは便利でいいな」


 ホープは最近はイオが学園から帰ってくると、コピーの部屋にいて出てこなかったり、あるいはおびえたようにイオの部屋に飛び込んできたりしていたが、そのように利用されていたらしい。


「どんな添削をしたんですか」


「未来の技術というものをなめてもらっちゃ困る。お前の周辺のえらい先生が死に絶えた後も多少は時間移動の研究がなされていたんだぞ。大幅な改変はしていないが、お前の時代より少し後に生まれた技術だ。どこをどういうふうに、と今お前に説明するのは難しい。基礎がないから」


「わかるように説明してもらえませんか」


 コピーは面倒くさそうに頭を振った。真っ白な髪がお好み焼きのソースにつきそうでひやひやしたが、Bb9が押さえる。


「改変した箇所とその理由、根拠は書き示してまとめておいたから、気になるなら後で読め。読んだら後できちんと捨てろよ。これでも禁忌だからな。理由の理由、すなわち使用した理論についてはすまんが教えることはできない。時間移動的マナーでもあるし、私だけ知っている禁忌の知識だから」


「……そうですか」


❀ ❀ ❀


「数学だけはテストを実施してほしいなあ」

 イオの横を歩きながらセトカが言った。


 学園ではイオの授業といえば数学と理科だけになっていた。ランタンの授業で習ったが、楽園の王に挑戦するには国数理社の四つの塔で大臣から出されるモンダイを解いてバッジをもらい、かつランクというものを5以上にしておく必要があるようだ。学園を卒業すれば自動的にランク3の称号はもらえるらしい。よくわからないが、学生のうちにやれることは、塔をできるだけ制覇してバッジを集めておくことくらいらしい。


「そうだね」

 今までの迷いがなくなって、さらに、目に入るヒトが理系のみの学園生活を送って、セトカの技はさらに冴えわたっていた。イオのほうも、もともとの知識がないわけではなかったので、まあまともにペンを変形させてステップを踏んでモンダイに切り込めるようになってきた。


 地下へ続く階段を下りて、地下街を何度か曲がって、からくり屋のガラス戸を押し開ける。


「おお、よく来たな。……そっちは?」

 ビルに入るとすぐに白衣を着たバイが出てきて、ぼろ布で手をふきながら二人の前に進み出る。


「僕のパーティーのセトカです。僕がエンシェで、過去に帰るということもすべて話してあります」


「おお、あなたが」

 バイはセトカの手を握るとぶんぶんと上下に振った。手を離した後、セトカは自分の手がオイル臭くなってるのにそっと顔をしかめる。


「ホープ。またデータを運んできてくれたのかの。まあ、奥に入ってくれ」

 ホープはイオとセトカに続いて露骨にいやそうにローラーのスピードを落としてついてくる。


「また私を足のついた箱かなんかと思っテ……」

 正しくは足はないのだが。バイはホープのボディに取り付けてあるモニターを少しいじって、フィルムの映画を放映するような古めかしい見た目の機械をつかって、白い壁に計算式をズラリと映し出した。レトロな見た目とは裏腹に性能はイオの時代のプロジェクターに匹敵するほどだった。それをさっと眺めて、「うむ、特に大幅な変更はないようじゃな」と小さくつぶやくと、壁への放映をやめ、イオたちに向かい合った。


「今日お前さんを呼んだのは、必要な部品を集めに行ってもらうお願いのためじゃ」


「いえ、お願いだなんて。僕が作ってもらう分際なので、なんでも探してきますよ」


「マシンを作るのに必要なものは、今わかっている時点で主に四つじゃ。まず一つ目と二つ目は、端的に言うと合金じゃ。わしが計算して、このような元素のこのような配置による、硬い合金と、このような元素とこのような配置の、伸びてもどって、形状を記憶するばかりか、電気振動で運動の仕方を制御することができる合金の二種類じゃ」

 バイはイオに紙の束を突き出す。


「わしは便宜上これらの合金を合金Aと合金Bと呼ぶことにした」


 イオは紙をパラパラとめくった。

「合金Bの配置式が複雑すぎて実現できるのか心配なところもありますが……。しかし、合金Aに利用されている元素は、僕がタイムマシンのボディに使われているものとほぼ似ています」


「じゃろ!きっとそうではないかとは期待していた。これくらい硬くないと時間移動の衝撃に耐えられんだろうからな」


「今はあまり生産されていないんですか?」


「ああ。昔は普通の日常生活用のマシン、家電とかにも気軽に使われていたそうじゃが、分解が大変なのと、仲に使われている元素が貴重であることから、楽園では一度も生産されておらんようじゃな。まあわしが数か月考えてできるようなものじゃし、他の誰かが考えなかったとは思えないが、作らなかったということはそれだけ無駄の多いものなのかもしれんな。第一、楽園の生活でそんなに硬いものは必要ないし」


……科学は常に進歩するようだ。イオは軽く頷く。セトカは科学者二人の会話を聞くことは早々に諦め、自由となったホープといっしょにバイの研究室に置いてあるいろいろなからくりの見物を始めた。


「三つ目と四つ目を聞いておいても?」


「三つ目は時間軸改変計算安全装置じゃ。こればかりはいちから作ることはできない。ここにお前さんがいるということはその装置は壊れてしまっているだろうし、少し入手が大変そうじゃ」


「じゃあ、どうすれば……」


 イオはただでさえ薄暗いからくり屋がさらに暗くなるように感じた。


「まあ落ち込むのはまだ早い。時間移動はお前さんの時代では普通になりつつあったのじゃろう?楽園では時間移動は禁忌とされて過去の記録も装置も残ってはいないが、はその限りではない」


「外……?外は海ですよね。だって、楽園は海洋に浮かんでいる大きなカプセルだって。海の底へ探しに行くとでも?無謀ですよ」


「そのうち大陸が接近するかもしれんし、海上集落とぶつかって、そこの人が譲ってくれるかもしれん。5、6年に一度はどこかしらに接触するし、ここ4年間なにも起きていないことを見ると、希望を持ってもよいのではないか?」


「さいころを六回振ったから一回は1の目が出るだろうと言ってるのと同じですよ」


「鼻からあきらめて落ち込んでいるよりはいいじゃろう。とりあえずこの装置はおいておいて、四つ目は、集めたエネルギーを利用しやすい形に瞬時に変える装置を作るのに大変必要な元素じゃ。お前さんの時代にはまだ発見されていないのか知らんが、イオルツチウムという。これを集めてきてほしい」


「はあ。わかりました。とりあえず現段階では、合金AとBを探します」


「それでいい」

 バイはうなずいて、白い顎鬚を撫でた。オイルでやや汚くなる。

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