27 図書館

 学園内を歩きながらイオは一つ気付いたことがあった。図書館がないのだ。コピーの言っていた『知識の泉』やら、『知識祭』についてまずは調べようと思ったが出鼻をくじかれた。


「おや、お久しぶりですね、イオさん」

 後ろから声を掛けられ、振り向くとランタンが立っていた。いつもはきちんとしたワイシャツにネクタイ、スラックスのスタイルなのに、今日はややオーバーサイズのジャージ姿だ。分厚い、牛乳瓶の底のようなレンズの眼鏡もかけている。完全に休日スタイルだ。


「あ、お久しぶりです、ランタン先生」


「今日は日曜ですが、学園に何か用ですか?」


 図書館、と言いかけて、図書館とは果たして未来の世界で当たり前に存在しうる場所なのか、名称的に古臭かったら変に思われるのではないかとイオはとっさに判断した。


「ある本を探していまして。学園にはそのついでに寄ったんです」


「本?本なら王立図書館はもう行ってみましたか。そこにはそこんじょそこらの本売りから買うよりも質の良い英知を見られると思います。まあ、禁止書物以外ですが」


「ああ、実はそこには行ってなかったんですよ。ありがとうございます」


 イオが言うとランタンは少し怪訝そうな顔をした。


「確かにあそこは熟練したガクの使い手がさらにきめ細かい知識を得るために行く場所ではありますが、過度に緊張して気後れするほどの場所ではありませんよ。あなたは知識の量はなかなかあると思っています。授業などで平凡に見えているのは、体やペンがその知識を十分に振るうのに追いついていないだけ。王立図書館に入る資格は十分にあると私は思うので自身をもって行くとよいでしょう」


 なんだか急に褒められたのでイオは少しどぎまぎした。

「ありがとうございます」


 ランタンは軽く頷くといつもよりも少し猫背で研究室のある棟へと歩いて行った。


 どうやらこの楽園には王立図書館というやや入るのをためらうこともあるような場所があり、図書館という場所が学園にはないということは分かった。

王立というくらいだから城の近くにあるのではないか、とイオは目星を付けた。


❀ ❀ ❀


 王立図書館は思ったよりもすぐに見つかった。城のすぐ下の城下町のように建物が並ぶ通りの中にその大きな建物はあった。レンガ造りの外観の建物は、白の漆喰の壁に緑の瓦屋根の城とはミスマッチするはずが、違和感はかなりあるものの、ややなじんでいるので危うく通り過ぎるところだった。受付でペンを預けて中に入る。本の貸し出しという制度はないらしく、図書館内で読むように義務付けられているらしい。


 中に入るとまず、高い天井に虹色のステンドグラスが目につく。視線を下ろすとアンティーク調のシャンデリアが無数に並んだ閲覧用の机を照らしている。資料の持ち出しはできないが、転写はいいらしく、数人が熱心に机に向かって本の内容を書き写していた。コピーすればいいのに、とイオは思ったが、見たところコピー機のような機械類は全く見当たらなかった。床は大理石のような質感で、大きな通路には赤いビロードのじゅうたんが敷かれ、利用者の足音が極力消されるようになっていた。壁際には古びた重厚感のある本がぎっしりと詰め込まれた本棚が並び、こちらを見下ろしていた。イオはなんとなく、かつて通っていた大学の図書館を思い出した。


「ええと、知識祭、知識祭……」


 ステンドグラスの天井の広間の奥にも書棚の森は広がっていた。イオの時代に普及していた図書館の本の分類法である、日本十進分類は特に変わることもなくいまだ健在だったので、探していた本はあっさりと見つかった。書棚からいくつかそれらしい本を抜き出して適当な席につく。


『知識祭――楽園完成当初から続く、伝統ある祭事。城の地下の知識の泉にて、基本的には王と最低限の側近のみで執り行う。王は自らのガクを泉の中に捧げる。そのガクは一度入れると何らかの方法で放出、還元されることはなく、貯まり続ける。少なくとも、楽園創設から今現在(937年間)はガクは還元されておらず、泉の貯蓄量は地球上のエネルギー総量に占める割合を年々増加させている。一時は貯めたエネルギーは黒の塔というブラックボックスに送られているのではないかという説が浮上したが、コピー本人によって明確に否定されていることから、王たちも意味も分からずにガクを注ぎ込み続けている可能性が高いということになる』


『知識祭の流れ。①王の入場。一説によると王は城に代々伝わる始祖のペンを持って現れるとも言われている。(これは王にしか知ることは許されず、王もまた、楽園の掟によって口外することを禁じられているので、あくまで我々歴史ガクシャの推測にすぎない) ②泉の解放。泉の封印を解く。ここで泉から青い閃光がほとばしるといわれている。 ③知識の注入。一時間ほどかかる。 ④泉の封印。ここで歴代のほとんどの王が疲労で倒れるか気絶するようだ。今までに⑤の王の退場まで涼しい顔でやり切ったのは、11人しかいないという』


 イオは本を閉じた。肝心なエネルギーの形態について述べられている本はなかった。泉というくらいなので液体の可能性もあるが、封印を解くと激しく青色に発光するらしい。そもそもイオが今現在学園に通って鍛えているガクという力を貯蓄することができるのだろうか。考えれば考えるほど想像がつかなかった。城に乗り込んで確かめるしか道はないようだ。

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