17 五月の試験 一日目

 服装よし、ステップよし、ヤルキよし、素振りよし。

 イオはペンを刀に変えたり、またペンにもどしたりして、控室で試験の順番が来るのを待っていた。科目は理科である。


 試験の流れはこうだ。時間になったら試験会場に入室する。そこは大体すり鉢状の会場で、試合場所をぐるりと囲むように観客席がある。コロシアムの小さいバージョンといったところだろうか。うしとらたつみひつじさるいぬゐという四つのエリアがあり、一つのエリアには50ほどの試験会場があって、同時刻にたくさんの生徒が試験を受験できるようになっている。エリアごとで試験のスタイルが違ったりするらしいが、今のところイオは一番ノーマルなエリアといわれる乾のエリアでしか試験はない。試験会場のサイズはいろいろで、試験のレベルや、学年が上がれば、大きな会場で試験をすることになり、自然と多くの人に自分の実力を見てもらえるということだ。自分の試験がない時間はほかの生徒の試験を見学して、技を盗んだり、パーティーに勧誘するときの目安にしたりするそうだ。


 試験会場の外はパーティーメンバー募集中!という張り紙やテントを設営して熱心にビラを配る団体、それに便乗して、あんずあめや焼きそば、かき氷などの屋台まであり、軽くお祭りのような騒ぎだった。


 しかし、試験場内はピリピリとした緊張感が漂っており、気合を入れる声やペンの音以外の音はなく、しんとして静かだった。


「次の方、受験番号1987、イオ、入場してください」

 扉が開いて試験場に入る。


『制限時間は60分です。大問は5題あります。回答方法はペンでの回答のみとします。怪我などで回答能力に著しい不安がある場合は私、試験監督の指示によって棄権していただきます。5つの扉の前に備え付けてある風鈴を鳴らしますと、その問いが出現します。時計は入口の扉にあります砂時計をご覧ください。それでは試験を始めます。始め!』


 アナウンスが入り、イオの後ろで扉が閉まった。イオの前には5つの扉があり、筆文字で一から五と書いてあり、それぞれ風鈴が釣り下がっている。


 イオは深呼吸すると、風鈴の下にぶら下がる短冊、ぜつを軽く引いて一の扉の風鈴を鳴らした。チリーン。


 風鈴の音が鳴りやまないうちに、扉が勢いよくひらいてなにやら青白い煙のようなものがイオのほうに突進してきた。


「う、うわあっ!」

 イオは慌ててとびすさるが、煙は獣のように体当たりしてイオを吹き飛ばした。尻もちをついて腰を打つ。思わず顔がゆがむ。獣はさらに突進しようと身構える。


「ま、待って待ってタンマ……」

 イオは次の突進をスライディングでかろうじてよける。


 これはやばい。イオは一の扉まで走り、風鈴をまた鳴らした。獣は消えて扉は閉まった。


「はぁ、はぁ」

 イオは息を整えた。落ち着いてランタンの教えを思いかえす。まずは、問いをよく観察することだ。ここまで訓練してきたし、ガク、ヤルキ、ネバリは十分にあるはず。あとは冷静な観察が必要だ。よし。イオは気合を入れなおして風鈴をまた鳴らした。またあの煙のような獣が襲い掛かってくる。


 よく見ろ。観察するんだ。イオは自分に言い聞かせ、それに目を凝らす。さっきと同じように獣は身をかがめて一直線にイオに突進しようとしている。


 ステップだ。唐突に頭の中でその攻撃を避けることができそうなステップのバリエーションが浮かんだ。突進を今回はなんとかステップによって避け、懐に入り込み、流れに乗ったまま切りかかる。


 見えた。世界のピントが合ったかのようにその煙は像を結び、大きな牙の生えた馬のような獣がイオの目の前に現れた。


 ステップを踏んで間合いを詰め、切りかかるごとに解法が見えてくる。出題者はなにを聞いているのか、どうやって計算すれば求まるのか。計算はステップを踏むたびに進むような気がした。牙さえ避ければなにも怖いことはない。イオは獣の後ろに回り込む。馬ならばしっぽがあるその場所に結び目があった。イオは何度の切りかかられて疲弊し、動きの鈍くなった獣に近づき、ペンで結び目をほどいた。獣はふっとイオの前から消えた。


「解けた……」


 思わずそこにへたりこみそうになるが、まだ試験は続いている。イオは両頬を叩いてまたペンを握り直し、次の扉の風鈴に手をかけた。


❀ ❀ ❀


『試験終了です。試験結果は来週の授業でお知らせします。解きなおしは再来週からできますので、ご希望の方は試験会場出入口で手続きしてください。お疲れさまでした』


 イオは会場の外に出る。周りの熱気にやっと緊張がほどけ、しゃがみこんだ。

「はああ~、終わったぁ」


 イオは1、2、3問は解けたが、4問目はわからずに後回しにし、5問目を解いているうちに時間になってしまった。大体平均は60点程度になるような試験問題が作られているらしいので、解いた問題があっていれば、なんとか平均以上は見込めそう、というくらいだ。ちなみに40以下は補習対象、10以下は落第にリーチを掛ける、秋の試験でよほど良い成績を取れなければ、落第必至のやばい点である。


「すごかったですヨ、イオ」

 後ろから声がしてイオは前に転ぶ。


「ホープ?それに、……Bb9も?」


「はい。イオ様の試験の様子を見てこいとコピー様に申し付けられましたので」

 Bb9はグロテスクな見た目を隠すために黒いスーツを着て、白い手袋をし、黒い傘をさしている。


「はは、そうですか」

 コピーがイオの成績を気にするのは立場上自然なことなのだが、コピーのあの性格から、イオのことを気にしているようには思っていなかったので意外だった。


「イオ様は、本日、午後一番にもまた、社会の試験がありますよね。それまでにお昼ご飯でも食べて回復しましょう」


 Bb9にうながされ、イオは屋台で焼きそばを買った。

 ソースが良く絡んだ焼きそばは、紅ショウガのバランスが絶妙でおいしかった。二人にも勧めようとしてイオは当たり前の事実に気付く。


「あ、二人は食べられないんだったよね」


 ホープはオレンジ色の目をぴかぴかさせて言った。

「そりゃあそうですヨ。私たちはロボットですかラ。別に興味ないでス。人間がそんなもので栄養を取っているなんて非効率的にすら思えますネ」


「前は人間の飲み物であるハイボール飲もうとしたくせに?」


「あれは場のノリでス」


「そういえば、Bb9さんは、コピーの食事作っていますよね。ロボットなのにそんなことできるなんてすごいですね」


 イオがふときくと、Bb9は少し微笑んで言った。

「私が料理ができるのは、すべて食材をデータ化し、インストールしたレシピに沿って緻密な計算によって料理という作業を可能にしているだけです。私もデータを読むことで、味覚を得ることと同等な能力を得ているというところでしょうか。本当に味覚のある料理人にはやはりかないませんよ」


「いえ、とてもおいしいし、上手だと思います」


「そういってくださると幸いです」

 Bb9はそこで少し言葉を切って下を向いた。


「しかし時々、私にも味覚があったら、と思うこともあります」


「……そうですか」


 鐘が鳴る音がした。午後になったのだ。


「イオ、そろそろじゃないですカ?」

 ホープに言われてイオは慌てて立ち上がる。


「じゃあ、僕は試験があるので、もう行きます。会場の名前は乾の16です。ではまた」


「見てますヨー。がんばってくださイ」

 ホープは目からワイヤーを繰り出して手のように巻いてそれを振った。


❀ ❀ ❀


 イオは社会の試験を終え、試験会場を出た。明日の試験に備え、帰ろうと門のほうへ向かう途中、イオの前を見覚えのある顔が通り過ぎた。赤みがかった紫色の髪と瞳。数日前に食堂でゼムを殴ったあいつだった。三人で並んで歩いて試験場のほうへ向かっている。


「なあ、そろそろじゃねえ?あいつの試験始まるの。上からからかってやろう」

 一人が言った。


「ほっとけよ。そんなん見たってなんもおもしろいことねえ。あいつには先週一発ぶち込んでやったからもう興味ねえな。イカ焼き食おうぜ」


「あ?めずらしいな、お前が興味ないなんて言うの。いいから行こうぜ。イカ焼きなんかその辺でも食えんだろ」


 イオは三人の後を追って試験会場に入る。ゼムの控室の扉をノックする。


「イオ……?」

 扉を開けたゼムは明らかに迷惑そうな表情を浮かべた。腰には質素な見た目の鉛筆のようにも見えるペンが挿してあった。


 イオはカバンからゼムの改良したペンを取り出して差し出した。

「ゼム、このペンを使ってくれ。一週間、ずっと渡したかった。ランタン先生が手直ししてくださったから、十分使えるよ」


「……いらない。もうそのペンは捨てたんだ」


「これは君の『好奇心』がつまったものだろ?このペンの使用は認められているんだし、ランタン先生も、研究室の教授も、君の発想力と好奇心の価値を認めてる。失っちゃダメなものだと考えてる。受け取ってくれ」


「いらないって言ってるだろ!」


 ゼムはイオの手を払いのけた。ペンは床に転がる。

「もう、駄目なんだ。……変人バカは、もうやめるんだ。ほっといてよ!」


「ゼム……!」

 イオの目の前でぴしゃりと扉が閉じられた。

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