明かりがないまま、約束の時間
林川そら
第1話
寒々とした北の街に夕暮れが訪れようとしていた。僕は市役所で用を済ませると、約束の時間までしばらく間があったので、海に向かう道を歩いてみることにした。だらだらと下っていく道で、両脇には古く質素な家並みが続く。もともとは金属製のはずのトタンや、木製であるはずの板が、長い時間を経てすべてチョコレートで作られたお菓子細工のようになっている。美味しそうと感じたわけではないが、仮にそう考えてみると、わずかながらもこの場所なりの救いがにじみ出てくるような気がした。
多くは木製の扉に四角い板ガラスがはまっていた。たまにアルミサッシに改築した家が目に入ると、その新しく不自然な見た目が逆に物悲しさを増加させているように感じた。いや、そんなものまで悲しいトーンに染まってしまうのは、石炭の匂いのせいだ。どこか懐かしく、記憶の底にへばりついた貧しさの記憶。石炭自体は、身体や心を温めてくれる良きものなのに、その独特の灰の匂いは、何故かいつも悲しさをまとっている。
でも、いいのだ。これが、生きるということなのだから。たとえば雑草一本ない高級マンションの地下駐車場に高級車で戻り、そのまま誰にも合わずエレベーターで高層階に上がって、無機質な家具に囲まれた部屋で、一人で黄金色の夕日をながめたりするのよりは、たぶんよほどいい。はっきり言って、貧しさこそが、我々のふるさとだ。
チョコレート色の民家は、とりあえず時間も金もないので作ってみました、といった仮の住宅のごとくであり、その「仮っぽさ」は、どこからながめても、あるいは上と下を入れ替えてながめたとしても、全く変わらない状況だった。そんな仮のすみかのまま、少なくはない人々が生活し、老いていく。その人にとっては、仮でも何でもなく、まさしく人生そのものなのだが、その圧倒的な絶望感をすべて引き受けてさえも、石炭の燃えるぬくもりがそこにあるのなら、ゆるされてしまう。石炭の燃えるぬくもりが、何よりもご馳走だ、と信じられる人は幸いだ。
なぜなら、そこには、現実があるからだ。
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