第二十七話 チート太一郎
待ちに待った放課後。今日は宇部がノリノリで太一郎にジェイコブチームのチャンバラを指示した。刀で戦うチャンバラを先に振りつけてしまえちゅー魂胆らしい。
またも新聞紙を丸めた刀と金棒を振り回しての立ち回りや。俺も猫になっていなかったら鬼の役で戦っとったんやろか。猫で良かった。
俺は一年一組では『癒し係』として定着しつつあったんで、あちこち行っては抱っこされとる。このクラスではこの行為を『イヌチャージ』と呼びよる。俺を吸ってる奴もおるけど、お前が吸ってる猫は南雲太一やで。
昨日動きをつけたゾーイチームは自主的に集まってチャンバラの練習をしとる。綺麗に流れんと迫力出えへんよってな。
ペネロペチームとリアムチームのメンバーは、シラタマの指示でスポンジバットにイボイボをつけてそこにゴールドのアクリル絵の具を塗っとる。イボイボもスポンジやから当たっても痛とうない。あとは色が落ちんようにすれば大丈夫やが、アクリルやし落ちひんやろ。
ゾーイとジェイコブの持つ刀は、百均でプラスチック製の刀を買って来たらしく、刃の部分にアルミテープを貼って本物っぽくしとる。さすがに美術部のシラタマが本気出すとクオリティが半端ねえな。
「刀を左右に捌いて、そう、で、左手添えて正面の金棒を受ける! そこ、ユウヤ君は上から! ジェイコブは金棒を刀で受けたらそのまま腹に蹴りを入れて」
「俺蹴られんの?」
「蹴るふりです、客席はこっちなのでジェイコブが蹴ったふりをするんです」
「タイミングを合わせて俺が後ろにふっ飛べばいいんだな」
「たいみんぐ?」
「いい、いい、俺らが分かればそれでいい」
たしかにタイミングという言葉を説明している間にクールダウンしてまうわ。
「斬られたら倒れながら横にはけないと邪魔です、蕪月妹さん転がって!」
「は、はい!」
今日の太一郎の熱の入り方もだいぶ違う。本気でジェイコブを殺しに行っとるで。
「転がったら立って。背後から殴りつけましょう。ジェイコブは振り向きざまに胴を薙ぎますか」
と、そこに名倉の「太一!」という声が割り込んだ。ちょっと待て、名倉のヤツ太一郎のことを『南雲』じゃなくて『太一』ってファーストネームで呼びよった!
「少しやられようよ。強いばっかりじゃお客さんはつまんない。応援させないとね。ちょうどいい、そこのあんたユウヤだっけ、蹴られてひっくり返ったところから立て直しざまに上から金棒を振り下ろしてみな」
「拙者はやられたらいいのか」とジェイコブ。
「いや、ギリギリのところで避けな。で、避けたはずみで転ぶんだ。そこにユウヤが執拗に金棒で殴り掛かって来る。それを間一髪で躱しながら体勢を立て直す。太一、それで付けてみて。客席の向き、意識してね」
すげえな。ほんまもんの役者みたいや。ああ、ほんまもんやった。
「二回上手く躱して、三回目の時に脚を薙ぎますか」
ジェイコブは体を捻りながら移動し、新聞紙を丸めた刀でユウヤの脛の辺りを真横に払う。
「そう、上手い! 鬼は尻もちをつきましょう。あ、蕪月さん、危ないのでユウヤ君の後ろに立たないでください」
「あっ、ごめんなさい!」
これは姉の方か、妹の方か……。今日は水色のゴムが妹で黄緑のゴムが姉だな。
「ジェイコブ、飛びあがって上からユウヤ君を斬りつけましょう。ユウヤ君を殺す気で」
「いや、殺さないでくれ。マジで」
「ダイジョブ、これ、新聞紙。拙者手加減する」
「派手に飛び上がってダーンと凄い足音をさせたらそれっぽく見えますから」
ふと見ると、小道具を作ってた連中が太一郎と名倉の迫力に押されて手が止まっとる。まあ、あんなの見せられちゃなぁ。
その時、名倉がパンパンと手を叩いて立ち上がった。
「ちょっと休憩だよ。このままじゃ怪我しちまう。十五分休憩したらそれぞれに動きを確認して。太一はちょっとこっち来な。宇部もだよ」
蕪月妹は真っ先に俺を吸いに来た。「イヌ~。チャージさせて」って抱きしめられて、俺はちょっと困ったような嬉しいような、いや、猫で良かったでホンマ。
ぶっちゃけ蕪月姉妹はかわええ。シラタマみたいな芸能人顔とちゃうねんけど、素朴にかわええ。なんつーか美術部所属の図書委員みたいなノリや。こんな奥ゆかしい大和撫子系もわりと好みやな。って俺すでに猫やけど。
「蕪月、ちょっと来て、合わせようぜ」
ユウヤ要らん事言いなや、せっかくチャージしとんのに。
だが、彼らのやる気が凄い。名倉と太一郎と宇部がいなくても自分たちで流れの再確認しとる。監督三人の方は明日の手順を決めとるようや。
とりあえずこの日はジェイコブチームと、昨日流れを決めたゾーイチームの流れの決定で終わってしまった。通し稽古を金曜日にやると考えたら、ペネロペチームとリアムチームを明日だけでやっつけなければならない。太一郎は剣術はできるが空手と忍者が相手では何もできないだろう。名倉、どうする気なんや。
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