第二十話 南雲屋太一郎と南雲太一
イヌは部屋に入ると、凄い速さでパソコンを立ち上げ、壁のモニター(というのだそうでございます。父上が教えてくださいました)の電源を入れました。そしてキーボードの動作確認をすると、すぐにインターネットに接続しました。
速い速い。わたくしがここまでやるのに四半刻——ええと三十分ですか——もかかるというのに、イヌがやるとあっという間です。きっとわたくしの動きをイライラしながら見ていたのだろうと思うと、なんだか申し訳ありません。
しばらくするとイヌが「にゃ」と言ってモニターの方を前脚で指しました。何気なくそちらを見ると、凄まじい速さで何かが書かれて行きます。イヌがキーボードを使って打ち込んでいるのです。
『よぉ、太一郎。俺は太一や。お前のすぐ横にいるイヌ言う名前の猫や。わかるか』
「にゃ?」
返事をしろとばかりにイヌがこちらを見ます。
「わかりますわかります。改めまして、御菓子処南雲屋の三代目になる予定でございました太一郎にございます」
『お前は太一や。これから南雲太一の基本的な事を教える。覚えろ』
突然ではありますが、確かに自分のことを知らないのはいろいろ問題がございます。恐らく名倉さんは小桃さんが憑依しているオカメインコの『カメ』に自分のことを教えて貰ったのでしょう。わたくしも頑張らねばなりません。
イヌの話によりますと、南雲太一は勉強が大嫌いでゲームばかりしていたらしいです。父上がゲーム実況動画配信者(ちょっとわかりませんが)ということで、太一殿もゲームが生活の一部になっていたようでございます。まさにわたくしがお菓子作りをしていたのと同じでございますね。
ですが太一殿がどのような生活をしていたのであれ、わたくしはわたくしなりの生活をするつもりでございます。太一殿が勉強嫌いであっても、わたくしは嫌いではありません。むしろお金をかけずに教えて下さる師匠のいる手習い所なんて、わたくしたちの時代には考えられませんでしたから。
面倒なのが単位でございます。先程も出ましたが、こちらの時間の単位は六十進数と二十四進数で測ります。わたくしたちの一刻がここでの二時間。半刻が一時間で四半刻が三十分。明け六つの鐘を鳴らすのはお寺ではなく、自治体(わたくしの時代で言う藩のようなものでしょうか)の防災無線で音楽を流したりします。
長さの単位も違います。わたくしの背丈は四尺八寸でしたが、一尺は三十センチ、一寸は三センチ、つまりわたくしは百四十四センチということになります。が、そのわたくしは死んでしまいましたので、現在の南雲太一は百七十九センチ。六尺に少し足りないほどでございます。
他にもいろいろございますが、単位についてはとりあえず長さと時間だけ覚えて、あとは追々ということだそうです。
とにかく漢字で書ける言葉はどうにかなるのですが、英語だともうさっぱりわかりません。暗記する他ないのです。
特にパソコン関連の言葉。ネットだのウェブだの、アプリだの……。ネットはインターネットのことでアプリはアプリケーションだそうですが、何のことやらさっぱり。オンラインだのオフラインだの、ブラウザだのダウンロードだの、そんなに一度に言われてもわかりませんから。泣きたくなってきました。
わたくしが「今日はここまでにしてください」と懇願するまで続けていたところを見ると、よほどわたくしの今までの行動に口を出したかったのでしょう。ですが、わたくしは学校の勉強もしなければなりません。
「すみません、いっぱいいっぱいです」
『すまん、俺も早よ教えたくて詰め込みすぎてもーたわ。俺かてこんな詰め込まれたらソッコーでギブアップや。あ、ギブアップってのは音を上げることやで』
「でも太一殿とこうしてお話ができて良うございました」
『俺もや』
気づいた時には子の刻になっておりました。子の刻は午前0時ですね。
イヌは疲れたというようにフラフラとベッドにもぐりこんで寝てしまいました。わたくしも先日教えていただいた歯磨きをして、イヌのいるベッドに入りました。
よほど疲れていたのでしょう、その日は三十秒とかからずに眠ってしまいました。
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