第十八話 名倉はカメやった

 なんや最近、太一郎と名倉と宇部が一緒におることが多い気がする。まあ、俺も一緒やねんけどな。

「昨夜、父上にキーボードのことを頼んでみました。今日学校から帰るまでに作ってくださるそうです」

「あたしの方はカメに南雲君のこといろいろ聞いたよ」

「カメ?」

「ああ、インコの名前、カメっていうんだって」

「イヌって名前の猫とか、カメって名前のインコとか紛らわしいな」

「あたしもそう言ったんだけどさ、オカメインコだからオカメになって、さらに短く略してカメになったらしいよ」

 委員長まで宇部化しとるんかと思うたやん。紛らわしいな、ホンマ。

「カメによると、南雲君は成績悪いけど、単に勉強が嫌いなだけで本当に頭が悪いわけではないと思うって。階段落ちたとき、咄嗟に頭を腕で庇ってくれたから、本当は優しい人なんだって言ってたよ。小桃、太一に気があったんじゃないのかい?」

「にゃーにゃーにゃー」

 それはないそれはない、と首をぶんぶん横に振ってみる。ついでに前脚も「ちゃうちゃう」って振ってみる。猫やけど動きが人間やし滑稽に違いないな。

「それより聞いてくださいよ。わたくしの祖父が興したお店がなんとまだ続いていたのですよ。日本橋の南雲屋というのですが」

「知ってる。お前、あそこの人間だったのか?」

「ええ、日本橋南雲屋の三代目になる予定でした。二代目になりますわたくしの父上が健在なうちにわたくしが死んでしまいましたので、三代目は弟が継いだようでございますが、わたくしが死んだ後で生まれた弟ですから顔は存じ上げません」

「南雲、なんか食ったことある?」

 宇部が俺の方を見とるが、俺は大阪からこっち来てまだ二カ月や。日本橋なんぞ行くわけあらへんがな。という意思表示のため机の上に伏せて尻尾をぴたんぴたんとやる。

「だよな」

「ご心配には及びません。わたくしも菓子屋の跡取り、職人さんほどの腕前ではありませんが、薯蕷じょうよ練り切りだけは得意でございますから、イヌに食べさせて差し上げます」

「待って、南雲屋さんの三代目が作る練り切り、あたしも食べたい。それと大好きな塩羊羹。どうぞかなえて暮の鐘!」

 委員長がこんなにガブリ寄りで来るなんて初めて見る光景やが、中身は小梅だ、驚いたらアカン。

 しかし、俺は見逃さへんかった。がばーっと顔を寄せてきた名倉に、太一郎が赤くなっていたのを! お前、俺の体で名倉に惚れたんちゃうやろな?

「で、で、では今度うちにご招待しましょう。母上に厨房をお借りすることで手を打ってありますから、いくつか試しに作ってみます。上手くできたらお休みの日にでもお越しください」

 ってそれ俺んちやねんけど。それよりお前マジで名倉相手に照れとるんちゃうか?

 などと思うとるうちに担任が教室に入って来て、俺はいつものように太一郎の頭の上に乗った。

 朝のショートホームルームは大抵どうでもええようなことの連絡で終わる。その後は朝読書や。俺はいつもその時間に宿題を宇部から写させてもろとったが、太一郎と委員長は昨日図書室でそれぞれ「今昔物語」と「源氏物語」を借りて来とったからそれを読むんやろな。猫には関係あらへん。

 せやけど今日は、俺も宇部もすっかり忘れていたことを先生が話題に出した。ぶっちゃけ俺もいろいろあって忘れとった。来月アメリカから日本文化を学びに来る留学生の話や。どこかの公立の中学校でっちゅーことで、たまたまこの学校に白羽の矢が立った言うとったけど、ふたを開ければ各校の教頭先生が集まってくじ引きして、当たりを引いてもーたらしいねん。教頭、こんなとこで運使いなや。

 二、三年生は高校受験の準備やなんかで忙しいんで、彼らの接待は主に一年生の仕事になるいうことで、幼稚園の頃にアメリカに住んどった委員長がその通訳を買って出たはずやったが……よう考えてみれば中身は今、江戸時代の人間や。英語のことを伴天連語とか言うとるようなヤツや、通訳なんぞできるわけがないやろ。

 先生が「アメリカの留学生のことだが」と言っただけで、みんなが一斉に委員長の方を振り返りよる。

「名倉が英語がペラペラだということで通訳を頼んでいたが」

 太一郎が「伴天連の言葉がペラペラ?」と小声で言うとる。宇部も「そりゃ無理だ」って顔しとる。

「名倉は階段落ちてから随分といろいろ忘れてしまったみたいだが、通訳は無理なんじゃないか?」

 ところがだ。そこで「はい、他の人にお願いします」って素直に言えばいいものを、小梅の性格的にそんなこと言うわけあらへん。

「そんなことはないと思いますよ。あたしゃ確かに階段落ちてからいろんなことをすっぱりと忘れちまいました。英語なんかさっぱりです。ですがね、先生。人ってぇのは心と心なんですよ。人が二つで『仁』って書くじゃあないですか。言葉なんか通じなくたって構やしませんよ」

 いや、そういう問題じゃねえっつの。てか、その粋でイナセな言葉遣いやめい。名倉はそんな喋り方せえへんがな。太一郎を見習え。なんでこいつら逆ちゃうかったんや。

「なんだか南雲と名倉はあれ以来別人みたいになっちゃったな」

 先生、『みたい』なんちゃうくて別人なんやて。俺なんか猫やで。名倉はオカメインコやで。

「人のなさけが心を通じ合わせるんです。情け有馬の水天宮てなもんですよ」

「なんだかよくわからんが、通訳は当初の予定通り名倉に任せていいってことだな」

 いや、アカンて。

「当たりき車力の車引きよ。あとはこの小梅太夫に任せておくんなさい」

 せやからその喋り方やめい! それに今のお前は小桃であって小梅ちゃう。誰かツッコんだれや!

「ところで劇の方はどうなってる?」

 ユウヤが手を挙げた。

「台本はだいたい仕上がりました」

 そーいや普段から小説書いてるとか言うとったユウヤに台本任せたんやったな。

 っていうか!

 その話、あの二人なんも知らんのんちゃうか?

 ふと宇部を見ると、ヤツも「あっ」って顔して頭抱えよった。



 昼休み、いつものように三人+一匹で頭を突き合わせとった時に宇部が口を開いた。

「ごめん、言うのすっかり忘れてた。朝のホームルームでちょっと話が出たんだけど、アメリカから一週間、日本文化を学びにくる子たちがいるんだわ」

「その人にあたしが通訳すりゃあいいんだろ、任しときな」

 と名倉。やる気満々や。

「そうなんだけどさ。七月アタマに文化祭があって、そこにちょうどぶつけて来たんだよね。名倉が通訳する関係上、そのアメリカの留学生はうちのクラスに組み込まれるわけよ」

 神妙に聞いていた太一郎が「では、その方たちもブンカサイとやらに参加するわけですね」という。なかなかに物分かりがいいが、文化祭が何なのかわかっているとは思えん。

「うちのクラスは外国人にも割と有名な『桃太郎』の芝居をやることになっててさ、名倉も南雲ももちろん出演することになってる。まあ、ユウヤがお前らのセリフは簡単にしといてくれると思うけど」

 最後の一言に名倉が反応した。

「ちょいと。あたしゃ本物の役者なんだけどね!」

「いや、そのスキル、文化祭で発揮しなくていいから。むしろそれチートだから。ラノベじゃねえんだから異世界に来て無双すんのやめろ」

 まったくだ。名倉も俺も村人AとかBとかの役だったはずだ。

「そんでさ、その四人の留学生、せっかくだから桃太郎と猿と犬ときじの役をやって貰おうってことになってるから、名倉はセリフを教えなきゃいけない」

「なーんだ、そんなことならお茶の子さいさい河童の屁、朝飯前のコンコンチキさ」

「その江戸っ子な喋り方どうにかならない?」

「こちとら正真正銘の江戸っ子だ」

「いや、でもさ」

「でももヘチマもあるもんか。オタンコなすびの唐変木よ」

 だめだこりゃ。きっと人のいい宇部のことだ。なんのかんの言って手伝うんやろな。

「異国の人かぁ。楽しみだねぇ。早く来月にならないかねぇ」

 来月言うても、もう来週から七月やで。俺は無駄に張り切っとる名倉に、不安しか感じられへんかった。

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