第五話 俺は南雲太一やねんけど
オカンの運転する車から降りた『俺』は(といってもオカンにドアを開けて貰ってる)「あの、母上。ここはどこですか」とか寝ぼけたことをぬかしやがっとる。
「アンタ、ほんまにアカンの違う? ここ、アンタんちやないの」
オカンの反応はいつもどおりだ。生きている『俺』だけがどうもおかしい。
いずれにしても俺は死んでへん。……ちゅーことは、だ。
俺じゃない誰かが死んで、俺に転生したってことなんちゃう? いや、この場合は憑依か。んで俺は追い出されてこのサバトラに。そんなアホなことがあってたまるかっちゅーねん。
大体あの『俺』めっちゃ困っとるやん、オカンも気付いたれや。あーあ、『俺』家に入ってもーたやん、大丈夫なん?
とにかく部屋の方へ回ってみるしかないわな。あの『俺』自分の部屋なんぞ知らんやろな。オカンが連れてってくれとるかな。
とにもかくにも塀から屋根に上って俺の部屋までたどり着く。いっや猫ホンマに身軽でええわ。俺が人間の体でやったらフツーに不審者やで。職質は免れへんやろな。
とりあえず俺の部屋の窓を覗くと、『俺』が部屋の真ん中で正座しとる。なんでやねん。椅子あるやん。ベッドもあるやん。なんで床に正座しとんねん。
「にゃあ!」
おっ。鳴いてみるもんやな。『俺』が顔を上げよった。
俺は窓の外で必死に立ち上がって、前脚をバタバタさせてみた。犬かきならず猫かきや。
『俺』が窓を開ける。よし、俺の部屋に入るチャンスや。と思ったら俺は『俺』に抱き上げられてもーた。このサイズやと俺はまだ子猫らしい。
「みゃう~」
「お前も自分が猫に生まれたことに疑問を感じているのですか」
はい? いや、確かに俺の体やし、俺の声やけど、思考回路があまりにも他人やろ。お前誰やねん。俺の体に入りよってからに。
「わたくしは御菓子処・南雲屋の長男で太一郎と申します。お前はここの猫なのですか?」
いや、ちゃう。ここの長男で南雲太一や。なんやねん、名前までよう似とるわ。先祖か何かちゃうか。
と言うたつもりやけど、出た声は「にゃーにゃーにゃー」や。
コイツは中世ヨーロッパや中国の後宮から来たわけでもなく、中東の王子でもなく、御菓子処・南雲屋の長男坊なわけや。御菓子処・南雲屋ってどこやねん。浅草の辺りか。知らんけど。
「今頃南雲屋ではわたくしの葬式の準備で忙しいのでしょう。もう二度と父上や母上、番頭さんにも会えないのですね」
は? 番頭さん? 父上と母上も相当おかしいけど、番頭さんってなんやねん。
「名倉一座のお芝居ももう見ることはできないのでしょうね」
いや、下北沢行けばそれなりに何か見れるんちゃうか。
と、その時、オカンの大声が響いて来た。
「太一、あんた先にお風呂入っちゃいな!」
「はい、只今!」
どうやら『俺』は風呂好きらしい。
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