第四話 わたくしがおかしいのでしょうか

 とりあえず、ここは逆らわない方が良いという決断から、母上の言うとおりにしているのではありますが。

 何から何までさっぱりわからないのでございます。

 まず、このお屋敷。どうなっているのでしょうか。引き戸の前に立ちますと、まるで引き戸が意志を持ったかのように勝手に開くのでございます。そして通り過ぎると勝手に閉まるのでございます。

 両開きになる引き戸の前で待ちますと、その引き戸が開いて小さな箱のような部屋が顔を出し、そこに入れと促され、また勝手に引き戸が閉まると部屋が奇妙に揺れるのです。

 わたくしが「地揺じゆるぎです!」と言っても首を傾げるだけで母上は動じません。そのうちにチーンと音がしてどなたかが「いっかいです」とおっしゃる。どこで仰っているのかわかりませんが、とにかく母上とわたくししかいない部屋の中で、誰かがそうおっしゃるのです。

 これはいよいよ鬼が現れたかと訝っておりますと、母上が「早よ降りんかい」と言う、降りるとはどこからどこに降りるのか。しかも母上の言葉が微妙におかしいのです。まるで上方の商人のような。

 母上について行くとおかしな恰好をした人が大勢歩いており、今までいたお屋敷がありえないほど大きいことに気づき、四角い箱に車輪がついたようなものが並んでいる広いところに連れて行かれ、何が何だかわからぬままボーっとしていると「早よ乗らんかい」と怒られる、わたくしにどうしろと?

 箱の中に座る場所のようなところがあり、そこに座ると、なんとも座り心地が良いというか、背中も尻も実に気持ちよく……などと感激している間もなく、再び母上に「しーとべるとまだかいな」と叱られる。しーとべるととはいったい何なのでしょう?

 ぼんやりと母上を見ていると、「アンタほんまにアタマ大丈夫かいな。打ち所が悪くて頭おかしなったんとちゃうか?」とよくわからない言葉で多分ですが罵られ、自分でもこの世界が訳が分からず、もしかしたらわたくしはおかしくなってしまったのではないかという気がしなくもないのでございます。

 などと考える間もなく、この四角い箱は動き出しまして! 馬もいないのにどうやって動いているのでしょうか。周りを見ると同じように車輪のついた四角い箱がたくさん動いているのです。

 黄泉とはかくも不思議なところだったのかと思う一方、なぜ母上が黄泉にいるのかわからず、もしかすると黄泉には母上によく似た世話係がいるのだろうかと考えたり……ああ、わたくしは大丈夫なのでしょうか。やはり頭の打ちどころが悪かったのではないでしょうか。

 しばらくするとわたくしどもの乗った四角い箱が一つの屋敷の前で止まりました。母上が箱から出たのでわたくしも出たいのですが、どうやったらこの箱から出られるのかわかりません。母上が「何しとんねん」と外から箱を開けてくれたので出ることはできましたが、恐ろしいのでもう二度とこの箱には入りたくありません。なにしろ馬でもこんなに早くは移動できないだろうという速さで、先程の大きなお屋敷からここまで来たのですから。

「あの、母上。ここはどこですか」

 わたくしは至極当然の疑問を母上にぶつけてみただけなのですが、母上は真ん丸に目を見開いてこう言ったのです。

「アンタ、ほんまにアカンの違う? ここ、アンタんちやないの」

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