2020 梨の実

八重桜 あい

第1話

2020 梨の実


空は青い、何処までも、何処までも、青い。


遠くの波間で何かがキラキラ輝いている。


小さな農園で木漏れ日が揺れている。


香  『あまぴーしゃん、あまぴーしゃん』


まだお手伝いもままならぬ香が、水たまりの反射や木漏れ日をみてはしゃいでいる。

胸元で手作りの小さなお人形が揺れている。

香のお兄ちゃん実の手から梨の実が落ちる。


実  『あっ』


夏実 『実、落とした梨は、籠に入れちゃだめよ。傷が付いていなくても、実の中に小さなひびが入いっているの。お客様が食べるころには、見た目は綺麗でも、中身は茶色くなってるわ。実。梨の実、沢山実っているでしょう。でも、この梨、何万個のなかの、たかが一個ぐらいって、思っちゃ駄目よ。お客様にとっては、久しぶりに食べる、唯一の一個かも知れないんだから』


実  『唯一、てなあに?』


夏美 『とっても大切な一個ってことよ』


実  『わかった。大切に扱う』


夏美 『実、良い子~』


夏美、実の頭を撫でまわし髪の毛をくちゃくちゃにする。


実  『わぁ』


香  『香も、香もぉ』


夏美 『良しよ~し』


くちゃくちゃ。

陽に輝く緑の葉と重厚な実をたわわに付けて立ち並ぶ梨の木。

重なる枝で出来た緑のアーチ。

その中を夏美の夫、哲夫が駆けてくる。


哲夫 『母ちゃーん』


夏美 『んっ? 父ちゃん、あんなに急いで、なんかあったのかな?』


哲夫 『母ちゃーん、母ちゃーん。母ちゃん。手紙、来た。これ読んで、これ』


夏実 『やだ、あんた泣いてるの? 何?』


哲夫 『読んで』


夏美 『どれ。・・・先日、県外に住む息子から山里果樹園様の梨が届きました。このご時世、 盆にも家族に会うことができません。ですが、美味しい梨のお陰でとても幸せな気持ちになれました。・・・また、箱の中に入っていた山里果樹園様のチラシを拝見し、実を大切に育てていらっしゃることが伝わってきて、つい家族のことを・・・・・うっ、うう・・・あんた~よかったねぇ・・・うっうっ・・・』


哲夫 『よかたなぁ。母ちゃん』


実  『よかたなぁ』


夏美 『うん』


香  『母ちゃんの目、あまぴーしゃん』


夏美 『へへっ。あまぴーしゃん』


農園に優しい笑い声が広がる。


盆の字の前が一文字分、空いている手紙。

その意味が哲夫と夏美には、よく分かった。

だからその後の文章が、心に沁みた。


空は青くて当たり前?

見上げる者は・・・?


空は何処までも、何処までも青い。


何処かで・・・誰かが微笑んでいる。

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