第27話 夏祭り 中篇
浴衣姿で歩幅の狭い螢に合わせ、数真はゆっくり歩いた。
そんな小さな気遣いに螢は涙が出るくらい嬉しかった。
何処かへ出掛ける時はいつも小さな下の子たちに手がかかる。
今夜はそんな心配をせずに、数真とお祭りを楽しめる、幸せな時間だ。
出店を回り、二人で色々食べた。
すれ違う女の子が数真を見て羨望の眼差しを向ける。
出店で品物を見たりして、少し離れて数真が一人になると、女の子が寄ってきて誘いをかける。
しかし数真はその度に素っ気なく〈彼女が一緒だから〉と言って断っている。
「螢、悪いな落ち着かなくて…」
久しぶりに日本へ帰り、折角のデートだった。数真の心臓の動悸はずっと静まらない。
「数くん女の子に人気だから…仕方ないよ」
螢が少し淋しそうに笑った。
判っていても、やっぱり妬いてしまう自分がいるのだ。
『
「お前彼女だろ?妬いてくれねーの?」
数真がボソリと螢に向かって訊いた。
「えっ?」
途端、螢は顔が紅潮してゆく。
繋いで歩いてくれる手が、緊張で汗ばんでしまう。
そんな状況に戸惑う螢へ数真が近づいた。
「他の女に誘われてるのにお前は妬かないのか?」
どんどん顔が赤く染る彼女に尚も詰め寄る。
「俺は…お前が誘われたら無茶苦茶妬くんだけど…」
螢は大好きな数真からそんな事を言われ頭の中は真っ白パニックだ!
「あ…あの…わたし…」
「どっち!」
「わたしも妬きます!」
螢はもう耳まで真っ赤で俯いている。
数真はと云うと、自分で訊いておきながら、同じように赤く顔を染め、それを螢に見られないようそっぽを向いた。
「行くぞ」
紅潮した顔を見られないよう数真は螢の手を引きまた歩き始めた。
『どうしよう…わたしが妬いてるなんて言ったから…きっと気を悪くしたんだ…』
螢の思惑を余所に、数真の方はフルオーケストラの響きにも負けない胸の鼓動に手を焼いていた。
『くそっ! くそっ! くそっ!
螢のヤツがあんな可愛い事言ってくれるから全然収まらねぇ!』
少し開けた高台まで来ると何人もの人で賑やかだ。
「螢、疲れただろう…こっちに来て座れ」
数真は石段に自分のタオルを敷き、そこへ螢を座らせた。
「有り難う…数くん」
「ああ…」
数真はまだそっぽを向いたままだ。
そんな数真を見て螢は胸が苦しくなる。
「瀬戸くん!」
聞き覚えのある声がしたかと思ったら、人混みの中から紺の浴衣を着た美少女が出てきて数真に近づいた。
「瀬戸くんも来てたんだ。こんなところで会えるなんて嬉しい!ねえ、花火一緒に見ようよう!」
彼女は愛くるしい顔を数真に近づけ、覗き込むような仕草でお強請りする。
「ふざけるな、俺は彼女と一緒に来てるんだ。お前だって誰かと一緒に来てるんだろう?」
数真は彼女の態度にあからさまに不愉快な顔を見せて言った。
「え〜っ、いいじゃん!
それならわたしもここで見ようっと!」
海帆は螢の隣にちゃっかりと座った。
「お前、いい加減に…」
数真が言いかけた時、螢が立ち上がった。
「折角の浴衣が汚れちゃうよ、ここにどうぞ…」
螢は自分が座っていたタオルの場所を彼女に勧めた。
そんな螢に彼女は冷ややかな目を向けた。
「瀬戸くんの前だからっていい子ぶらないでよ…そんな事したってもうすぐ瀬戸くんをわたしの彼氏にしてみせるんだから!」
彼女は自信満々に宣言する。
螢は何も言い返せない。
ただ唇を噛んで俯く事しか出来なかった。
「冗談でも止めてくれ。俺と螢は婚約したんだから無理な話しだ」
数真が鋭い目つきで彼女を見据えて言った。
「そんな嘘直ぐバレるんだから!」
彼女は強気だ。
「嘘なもんか。なあ、螢」
数真が平然と螢に振った。
「親父も母さんも俺たちの付き合いを喜んでたよな」
「う…うん」
数真の問いに思わず答えてしまう。
「母さんは直ぐにでも嫁に来て欲しいと言ってたし、親父は俺たちの新居に離れを改装してくれるそうだ」
数真の言葉が信じられず螢を睨みつけて訊いた。
「本当なの?!」
螢はどうしていいか判らず、首だけコクコクと縦に振った。
「判ったらもう俺たちに構わないでくれ。
俺の嫁はコイツで決まってるんだ」
数真は勝ち誇ったように宣言してる。
螢は彼女から婚約者へグレードアップすることになった。
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