第85話 過去の精算

 「おい!彼氏がいるなんて聞いてないぞ!」

藤木はファミレスで固まって話しをしている男たちにむかって叫んだ。


「そうでしたっけ?でもそんなのどうでもいいじゃないですか」

藤木の問いに、とぼけたように答えてるのは葵勢津那あおいせつな、真古都と同じクラスの男子だ。

一年の時から何かに付けて真古都にちょっかい出しては揶揄ってた。


「彼氏がいようが、いまいが、何とかしないと困るのは先輩でしょ?」


葵の言葉に藤木はぐうの音も出ない。


「早いとこ彼女に取り入って関係を深めないと仕送り止まっちゃいますよ」


葵勢津那は意味ありげに笑い出した。

藤木はそれを何も言えず、ただ悔しそうに俯くことしか出来なかった。


藤木は二年前、掃除当番の最中友だちとふざけて、窓際に置いてあった鉢を下に落とすことを考えた。

単純に、割れるところが見たかっただけだった。

運が悪かったのは、下では園芸部の子が花壇の植替えをしていた事だ。


鉢植えを手から離なす瞬間人がいる事に気付いたものの、再び掴むことは出来なかった。

何とか鉢にかすったことで、一旦壁にぶつかり直撃は免れたものの、割れた破片が彼女に降り注がれた。


一緒に落とした友だちは、母親と一緒に入院先へ謝罪に行ったらしいが、腹を立ててる先方に門前払いをくらったと訊かされた。怖くなった俺は何も出来ず、怪我をさせたことも親に言えなかった。


その後俺は順調に大学へ進んだが、どこから訊いたのか、今になって親の耳にその事を知られてしまった。


女の子に怪我をさせただけでなく、顔に残るキズまでつけたのに、責任も取らず逃げた俺に対する両親の怒りは相当なものだった。

特に、父親の憤慨は納まらず、大学の学費から仕送りに至るまで金銭に関しては全て止められてしまった。


彼女に責任と誠意をみせて、両親の怒りを解かないと…


困って友人に相談しているところを、この葵と云う男に聞かれてしまったのが運の尽きだった…


『どうしたらいいんだ…』


あの時一緒にいた男…

自分を彼女の彼氏だと言ってた…

実際、仲は良さそうだった…


とにかく、彼女ともう一度話をして、何とか責任の所在を決めて両親を納得させなければ…



「怪我をさせた責任を取りたい?」

「うん」


真古都と俺は、いつもの喫茶店に来ていた。


「今更そんな事を言ってくるなんて何か訳でも有るのか?」


真古都は、校門での事が堪えてるのか、ずっとうかない顔をしている。

普段は何も言わないが、彼女が顔のキズを気にしていることは解っていた。

右側の前髪はいつも長めに切りそろえてる。

なるべく傷跡が見えないようにだ。

そんな彼女を見るのは切なかった。


『俺はそんなキズなんとも思ってないのに…』


俺は今でも彼女を苦しめているその男が許せなかった。


また来ると言ってた。


どんな話か知らないが、コイツを守ってやれるのは俺だけだ。


これ以上傷付かないように側にいてやらないと…
















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