第82話 偽りの関係が終る時

 合宿の間は動けない真古都の世話は俺がした。周りから見たらさぞかし仲の良いカップルに見えたことだろう。


「ねえ、ねえ、良い感じじゃない?」

笹森が僕に耳打ちする。

笹森は単純だからそう見えるのかもしれないが、僕からしたらまるで“最後の晩餐”だ。


一緒にいて幸せそうな笑顔を交わしてるけど、時々凄く切ない顔で二人とも相手を見てる…


「先輩、部長のケガ大したことなくて良かったですね」

僕は先輩が部長から離れた時話しかけてみた。


「今回はお前にも、笹森にも世話になったな」

「いえいえ…僕たち部長のファンなんで…

先輩知ってますか?美術部の男子には部長のファンが多いって」

先輩は意外な顔を見せる。

「だって霧嶋みたいに、イケメンを絵に描いたようなヤツが、あれだけアタックしてても先輩一筋に尽くしてるんですよ。そんな彼女中々見つかりませんからね…」

僕はわざと少しおどけて言った。


「そうだな…アイツを手放したら俺はとんだ噴飯者だ…」


先輩は呆れ顔で軽く笑うと、部長のところに戻って行った。


『そう思ってるなら離さないで下さいよ!』

僕は心の中で先輩に向かって叫んだ。

先輩に届くことを祈って…



夏休み最後の日、真古都と逢う約束をした。


駅に迎えに行って、俺の部屋に着くまでずっと彼女は喋っている。

まるで無理に明るく振る舞ってる感じだ。


「それでね…それから…」

「真古都!」


俺は彼女の言葉を途中で止めた。


「こっちへ来て座れ…」

真古都を俺のベッドに座らせる。

俺の部屋で、二人で話をする時の定位置だ。


座ったものの、どこから話を切り出そうか迷って、暫く沈黙が続いた。


「その…なんだ…霧嶋とはどうなんだ?…たまに、二人で出掛けてるんだろう?」

「えっ…あ…うん」


真古都が膝の上で結んだ自分の手を見ながら答える。


「霧嶋に…あれから何か言われたか?」


真古都の表情が変わる。


「正直に、言ってくれ」


「あ…あの…わたしの傍に…ずっといてくれるって…」


「い…命の…続く限り…好きでいるって…誓ってくれて…」


「自分の…手を…取ってくれるのを…待ってるって…」


真古都を惑わす霧嶋の言葉の一つ一つが訊いていて辛かった。

どれも、俺が彼女に対して一度として言ってやったことがない言葉だ。


「それで…お前はどうしたいんだ? 

俺は今のままでいいけど?」


別れたいなんて言うなよ!


「あの…わたし…えっと…」


真古都が返事に困ってる。

俺は堪らなくなって彼女を抱き寄せた。


「お前に謝らないといけない…

忙しさにかまけてお前を構ってやれなかった…」


俺は腕の中にいる真古都に、自分の気持ちを吐き出す。


「逢えない後ろめたさに、霧嶋と出掛けるのを止めなかった…」


真古都の躰が小さく震えている。


「お前の正直な気持ちが知りたい」


「わ…わたしも…今のままがいいです…」


その言葉を訊いた途端、心臓を撃ち抜かれたような衝撃が走った。


「わたしとはで付き合ってるから…

ほっとかれても仕方ないのかなって…

霧嶋くんのことで、丁度いいから別れたいって言われるのかと思ってた…」


そんな風に思わせていた自分に愛想が尽きる。


「だけど…別れても…他の人となんてお付き合い出来ない…他の人とじゃ嫌…」


俺の心臓は壊れた目覚まし時計よりも五月蝿く騒いだ…


でもいい…構ってくれなくても我慢するから…我が儘も言わないから…

しょ…翔くんの傍がいい…」


その言葉は、頭に月が落ちても気付かないほど彼女しか見えなくするには十分だった。

今が決断する時だ。


「判った…

だが、お前に我慢させる気はない」


彼女の顔を見ることが出来なくて、少し目を逸らして言葉を続けた。


「それなら…やっぱり…今までのようにふりで付き合うのは…止めだ…」    


彼女の躰が少し固くなる。


俺は一呼吸置いて、彼女を掴んでいる手に力を込めた。


「真古都…一度しか言わないからちゃんと訊け…は止める。だから、安心して俺についてこい」

「そ…それって…」


真古都は一瞬判らなかったようだが、俺の紅潮した顔で察したみたいだ。


「う…うわぁーん!」

「お…おい…」

真古都がいきなり声を上げて泣き出した。


「俺で本当にいいんだな?後で気が変わっても俺は絶対別れないからな!」


俺の言葉に真古都は何度も頷いてる。


「わたし…翔くんがいい…」


お前を泣かせてばかりいるのに…

それでも俺を選んでくれた真古都が愛しくて、

愛しくて…胸が張り裂けそうなほど愛しくて…


俺は彼女が落ち着くのを胸に抱き締めながらゆっくり待った。


「翔くん…傍にいさせてくれてありがとう」

真古都が頬を染めて、俺の顔を見上げて言った。


何よりも大切な女の子が、俺の傍がいいと言ってくれた事が嬉しくて堪らない…

今まで我慢していた気持ちが溢れ出した。


「その代わり…俺も…もう我慢しない」


ゆっくりと顔を近づけ、唇を重ねたあと、彼女の躰をベッドに倒す…


「お前が…好きだ」

俺はやっと、今まで言えなかった気持ちを伝える



その日初めて彼女の躰へ

俺は自分のしるしを残した…




















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