第80話 太陽がいっぱい #3
年が明けて、暫く経った頃小さな蕾をつけた。
真古都がくれたクリスマスローズの花だ。
“わたしを忘れないで”
“わたしの不安を取り除いて”
あんなメッセージを貰っときながら、今まで忙しさにかまけて何も出来てなかった。
特に最近は一緒に過ごす時間もなかった。
きっと真古都にしたら前よりずっと不安だったに違いない。
合宿所で残っていた部員に訊いたが真古都はまだ戻って来ていないようだった。
「海から戻って来てないなら湖じゃないですか?」
「えっ?」
海から合宿所までは一本道だが、途中で湖に抜ける細い脇道が有るそうだ。
俺は今来た道を夢中で戻り始めた。
わたしはバカだ。こんな水着一枚で何も変わる筈ないのに…
しかも、部長の仕事まで疎かにしてしまった。
もうダメだ。
今度こそ絶対嫌われたに違いない!
瀬戸くんが他の人を好きになっても…
それならまだ諦めがつく…
でも…嫌われたくはなかった!
「あっ!」
わたしはビーチサンダルだったから、走りづらくて思いっきり転んだ。
「あっ…いた…痛いっ…!」
わたしが笹森さんに勧められて買ったのは白地にグリーン系の花模様が描かれた、ショーツの両サイドを結ぶタイプのビキニ…
こんなの可愛いわけでも、スタイルが良いわけでもないわたしが着たって似合うわけないのに…
“大丈夫ですって!これなら瀬戸先輩も絶対気に入ってくれますよ”
あの言葉につい買ってしまった。
下着と変わらないような格好で、派手に転んだから堪らない。
躰のあちこちが擦りむけ、膝を切ったらしく血が流れ落ちてきた。
「痛い…痛い…痛い…」
バスタオルを傷口に押し当てたが痛みは我慢出来なかった。
「うっ…うっ…痛い…痛いよ…」
わたしは痛いのと、情けないので、涙が止まらなかった。
俺は注意深く戻りながら脇道を探した。
半分程行った所で、獣道のような細い林道があるのに気付いた。
迷わずそこを入っていくと、嗚咽する声が聞こえてくる。
脇目も振らず声のする方へ走って行くと、膝を抱えて真古都がしゃがんでいる。
俺に気付いた彼女が顔を上げてこっちを向いた。
近づくと、涙でグシャグシャな顔、躰は土で汚れあちこち擦り傷がある。
「どうした?何があった!」
俺は頭が一変に真っ白になり、真古都に掴み掛かった。
「痛いっ!」
彼女が声をあげる。
押さえている膝のバスタオルを捲ると傷口が露になった。
俺はバスタオルを再び巻き直すと、真古都を抱き抱える。
「もう大丈夫だ!お前はしっかり捕まってろ」
彼女は嗚咽を漏らしながら何度も頷いて俺にしがみついた。
注意深く歩いて合宿所に戻ると、医務室で足の傷を診てもらう。
傷口は縫った方が良いと言われ、病院へ行く車を手配してもらう事になった。
「あの…この格好じゃ…恥ずかしいので着替えたいです…」
真古都がそう言ったので、応急処置の終わった彼女を風呂場に連れていき、笹森にシャワーと着替えを頼んだ。
「先輩、もういいですよ」
風呂場のドアが開いて笹森が俺を呼んだ。
着替えの終わった彼女を再び抱き抱える。
「あ…あの…病院へは1人でいけるから…」
「満足に歩けないお前が、どうやって1人で行くんだ?」
絞り出すような声で話す彼女に俺は言った。
「あの…迷惑を…」
その言葉で、俺の中の何かが切れた。
「お前のことで俺が迷惑だと思ったことなど一度も無い!俺を見くびるな!」
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