第76話 すれ違いの明日

 年末、初詣に誘って以来、霧嶋が真古都を演劇だけでなく、美術館や博物館にも誘うようになった。真古都は出かける度、どこに行く、帰りは何時になる等俺に伝えてくれる。

俺も、霧嶋の病気を知ってからはあまり二人の間をきつく言わなくなった。


演劇や美術館くらい友達でも行く…


真古都から伝えられても、ただ聞いてるだけで怒った事はない。

それなのに、アイツは決まって伝え終わると少し辛そうな顔をする。


部活での仕事も結構多く、生徒会からの集まりにも出席しなければならず、当然補佐をする俺の仕事も然りだ…


俺だって真古都と二人で出かけたい!

二人でゆっくり時間を過ごしたい!

それなのに…

学校帰りのお茶ですら中々行けなくなった。


「悪いな、最近はあまり時間取れなくて」

俺はいつもの喫茶店で真古都に言った。


「大丈夫、判ってるから…」

真古都はそう言って笑ってくれた。



判ってる…

3年になれば色々忙しい

わたしだって部活の事や…進路の事や…

細々としたことに日々追われている…

でも…なんだろう…

知らない場所に置き去りにされてしまったようなそんな孤独感を感じるのはなんで?


霧嶋くんのことも何も言わなくなった… 

誘われても…二人で出かけても…

ただ聞いてるだけ…


本当に忙しいの?


わたし…何か瀬戸くんを不快にしたの?

わたしのことはどうでもよくなったの?

それとも…他に好きな人が出来たの?


判らないよ…こんなこと初めてで…


わたしは大丈夫って笑った。久しぶりに瀬戸くんと一緒の時間が嬉しかったから。

だけど…


「真古都…?」


気がつくと、いくつものしずくが頬をつたって落ちていく…


「ご…ごめんなさい! め…目に髪の毛が入っちゃって…」わたしは慌てて誤魔化した。




「大丈夫か? 痛いだろう?」

「だ…大丈夫、大丈夫…」

ダメだ…こんな事で泣いたら重たい女だって思われちゃう…

早く泣き止まなきゃ…



瀬戸くんがタオルで拭いてくれる。



真古都がいくつもしずくを落としていくのをタオルで拭ってやることしか出来ない。

真古都は髪の毛が入っただけだと言う…


真古都がこんなに泣いているのに…

髪の毛じゃない事くらい…間抜けな俺にだって判る…


俺はお前を泣かせるような事をしたのか?

そんなに辛い想いをさせてしまったのか?

それとも…霧嶋を好きになったのか?


お前が泣く理由わけが知りたいのに…

それを訊く勇気が俺にはない…


こんなに…胸が潰れそうなほどお前を想っているのに…


何も言えないもどかしい想いをどうすることも出来ず、俺は力一杯真古都を抱き締めた。

俺を見上げる真古都が物凄く愛おしい。


何か言いたげな彼女に顔を近づけると、少し戸惑いの表情を見せたので、俺はそのままその唇を塞ぐ…

重ねた唇を彼女は受け入れてくれる。


俺は自分の気持ちが押さえられず、

彼女に何度もキスを繰り返す。

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