第73話 後悔
「クリスマスにバイトをしたんだって?」
恩師が訊いてきた。
「はい、花屋の配達をしました」
今日は恩師が入院している病院に来ている。
「彼女の家の花屋だって?この前お父さんが来た時言っていたよ」
「はあ」
『くそっ!親父のやつ余計な事を!』
「そんなに照れんでもよかろう?君くらいの年齢で彼女がいても普通だろう」
「はあ」
俺は何と返せばいいのか困った。
「どうかね?彼女とは仲良くしてるのか?」
「中々難しいです」
俺は正直に答えた。
「なんだ、喧嘩でもしたのか?」
「い…いえ、喧嘩は一度も…ただ、上手く応えてやれてるのかと…」
恩師が突然笑いだした。
「そう云う、変に真面目な所はお父さんそっくりだな」
「は…はあ」
「彼女が大事かね?」
「はいっ」
俺は即答した。
「なら、思っている事はきちんと言葉で伝えなさい。決してこれくらいは判ってくれる筈などと傲慢な事を考えてはいけない。
恩師の温かい言葉だった。
「ありがとうございます。彼女と一度ちゃんと話をします」
「その方がいい。父子揃って同じ轍は踏まないでくれ…」
多分、父と母の事を言っているのだろう。
俺が産まれて間もなく、些細な事で父と喧嘩別れをした母さんは事故で亡くなった。
親父は今も、母さんに気持ちを伝えられなかったあの時の事を後悔している。
「おや、王子様はやっと外に出てきたか」
俺は“王子様”と云う言葉に、一緒に窓の外を見た。
「小児病棟の女の子が、王子様みたいだと言っていたが本当にそうだね。」
川沿いを車椅子に乗って散歩している霧嶋の姿が見える。
「あんなに若い子が難病を抱えているなんて辛いね。最近は学校に行けない事をナースにあたって困らせていたようだが無理もない」
恩師は自分の病と重ね合わせているのだろうか、窓の外に見える霧嶋の姿を、寂しそうに見つめていた。
霧嶋は新学期になっても学校に来なかった。
クリスマスには土日だけとはいえ、バイトで可成り無理をした筈だ。
俺は気になったから病院にきてみたが、やっぱり来なければ良かったと後悔した。
霧嶋の病室からは、あいつの声が聞こえる。
あんなに大声を出すのは珍しい。
「僕はいつになったら学校に行けるの!」
「僕の躰なんてどうでもいいんだよ!
どうせあと3年ももたないんだから!」
俺は固まって動けなくなった。
何となく判ってはいたが、期限を改めて訊かされると衝撃は大きかった。
「僕は誰にも知られずに3年間こんなところでなんか生きていたくない!」
「僕は、好きな人に僕を覚えていてもらいたいんだ!例え残りが1年になっても、半年になっても構わない!彼女の傍にいたいんだよ!」
「僕がちゃんといたことを彼女にだけは覚えていてもらいたいんだよ!」
霧嶋の悲痛な叫びだ…
聞かなければよかった…
帰り道、遠くで鳴く白鷺の声が切なかった…
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