第62話 嘆息の白鷺

 窓から見える景色の中に、小さな川があって、

いつも白い鳥が何羽か停っている。


長い嘴

細い首

翼を広げた姿は雪景色の様だ


あの鳥に成れたらいいのに…

そしたら

今すぐ彼女の元に飛んで行けるのに…


文化祭で真古都さんにプロポーズした翌日

学校に行く途中で僕は倒れて…

今もベッドの上にいる。

こんな僕に、

真古都さんを好きになる資格はあるのかな?



「逢いたいな…」


彼女が無性に恋しくなる。



《あんな人前に晒すなんて!》

そう言って先輩は怒ってた…


僕だって、真古都さんが

ああ云うのは苦手な事も判ってた…


でも…先輩と同じ事してたら

いつまで経っても僕は

弟みたいな後輩でしかない


気持ちなら先輩に負けないくらい

彼女を想っているのに


お願いだから僕を一人の男として見てよ


君を抱き締めて

ずっと僕のもとに囲ってしまいたい…


どうせ失う物なんて何も無いんだから

これから先の時間を

君と一緒に生きて行けるなら

何でもするって決めたんだ!




「遠い所悪かったね」

白髪の男性が笑顔を向ける。


「いえ、お加減いかがですか?」

「発見が早かったからね、術後の経過もいいそうだよ」


俺は親父の友人が入院したため

病院へ見舞いに来ていた。

俺も子供のころ、よく自分の絵を見て貰った事がある…

俺の絵に対する指針を与えてくれた人だ。


病室を出て、一階のロビーまで来ると

一気に力が抜けて椅子へ倒れ込む様に座った…

恩師との最期別れが近いことに

気持ちがついて行けず辛かった

『くそっ!』



「数祈くん、そろそろ病室にもどろる時間だよ」

ナースの声だろう。 

“数祈か…”


そう云えば霧嶋のヤツはどうしたんだろうか?

休んでる理由を先生に訊いても

“家の都合”としか判らないらしい…


ところが、何気に声のする方を見ると、

点滴の管を射し、車椅子のあいつがいる。


ナースが車椅子を押して行くのを

俺は目で追いかけた。


一体どう云う事なんだ?

なぜあいつが病院ここにいる?

思わず気付かれないよう後をつけた。


〔霧嶋数祈〕

病室のネームプレートにはあいつの名前。


つい追いかけてきたが、病室の近くで俺は逡巡していた。


「君、数祈くんの友達?」

不意に声をかけられた。

多分、霧嶋の病室から出て来たナースだ。


「同じ部活の瀬戸といいます」

俺は頭を下げて挨拶した。


「良かった。数祈くんと同じ制服だからそうかなって思って…お見舞いに来てくれたの?」

「あ…はい…でも具合悪そうなんで、日を改めようかと…」

俺は適当に答える。


「折角だから会ってあげて。お友達がお見舞いにくるなんて初めてだからきっと喜ぶよ」

ナースは親切にすすめてくれた。


「あいつの具合、大分悪いんですか?

…その…彼女も心配してて…」

「彼女!?数祈くん、やっと両思いになれたのね」

誰も霧嶋の彼女だなんて言ってない…

えらい早とちりだ!


「数祈くんにはいいことなのかもしれないけど複雑よね…残された彼女の事を考えたら…」

そのナースはしまったと云う顔をした後、そそくさと持ち場に帰って行った。


《残された彼女》確かにそう言った。



ドアをノックする音

何度も来なくたって大人しくしてるのに…


「どうぞ」

だけど、ドアが開いて入って来たのは

先輩だった。


「な…なんで?」


「俺の知り合いが入院してて

見舞いに来たら偶々お前を見かけた」


暫く沈黙が続く。


「真古都さんには言わないで下さい」

霧嶋が最初に切り出した。


「ずっと隠しておくつもりなのか?」

俺は訊いた。


「言ってどうなるんですか?

僕は…病気でない僕と付き合って欲しいんだ」


多分、真古都なら

霧嶋のこんな状態を見たら

きっと毎日病院に通うだろう…


もしかしたら

そのまま二人は付き合ってしまうかもしれない


「判った。真古都には言わない」


俺は汚いヤツだ…

霧嶋の言葉を良いことに黙ってるなんて


「感謝はしませんよ

真古都さんを絶対僕のものにしたいんで」


「お互い様だ

俺も絶対渡さない」



俺は一つ

真古都に秘密をつくった











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