第58話 心の距離

 真古都をいつもの場所まで送る。


キスをして、真古都の様子が少し変わった。

俺が少し傍に寄っても、軽く触れただけでも、

顔を染めて俯いてしまう。


まるで付き合い始めの恋人同士みたいだ…


今まではだからと

さして気にもしていなかったようだが、

キスをされ、彼女だと言及され、

漸く自分の立ち位置を認識したらしい…


「慣れないキャンプで疲れただろ?

今夜はゆっくり休め」

そう言って、

そっと指で前髪を分け額に唇を寄せる。


真古都が少し意外な顔を見せる。


「なんだ、こっちにして欲しかったのか?」

俺は少し意地悪く言い

彼女の唇を親指でそっとなぞる。


途端、みるみるうちに彼女の顔が紅潮する。

真古都のこう云うところが無性に可愛い。


「お前が望めば何時でもしてやるから、

そんな残念な顔をするな」

俺は頭に手を置いて撫でる。


「せ…瀬戸くんのいじわる…しらないっ」


少し拗ねてる彼女を抱きしめ

彼女の耳元でそっと囁く。


「お前、俺の彼女だから…忘れるなよ」


真古都は俺の胸で何度も頷いていた。



二学期が始まる。

家を出て、駅に向かう途中で霧嶋くんに会う。


霧嶋くんと目があうと、笑顔を向けてくれる。

その顔に、近くにいた女の人は

みんな彼に見とれてる。


こんなに素敵なんだから

彼女なんて選びたい放題だろうに…


それなのに、わたしみたいな

卑屈でブサイクな女の子にも親切だ。


「真古都さん おはよう」

相変わらず直ぐに抱きついて来るところは

やっぱり以前のまま変わらない。


これだけの美少年がわたしみたいなブサイクに

抱きつくもんだから、

近くにいた女の人はみんな固まって

わたしたちを見る。


「霧嶋くん、おうち遠いんだから、わざわざ迎えに来なくたっていいのに…」

「いーの!帰りは先輩が送るから、朝は絶対

僕が迎えに来たいの!」


霧嶋くんはちょっと拗ねた口調で

顔を近づけて話す。

「夏休み中は淋しかったんだからね」


「もう!合宿であったばかりでしょ!

恥ずかしいからくっつかない!」


『近すぎだよ!霧嶋くん!』




学校への坂道で柏崎と出会した。


「やあ瀬戸、夏休みの間彼女さんを

ちゃんと誘ったんだろうな」

開口一番この質問だ。


「お…おう」

柏崎に嘘はつけないので答える。


「へぇーやれば出来るじゃん。どこ行ったの?」

「キャンプ…」

「えっ?」

柏崎が不思議な顔をする。

何か変な事でも言ったか?


「だからキャンプだよ」

「泊まりでか?」

「二泊三日」

「随分大胆な事するな」

ヤツの顔が呆れ顔に変わる。


「アイツが行ったことないって言うから

連れて行ってやったんだよ」

「夜も一緒か?」

「当たり前だろ テントは一つしか

持って行かなかったんだから」


改めて訊かれると恥ずかしい質問ばかりだ。


「二晩も一緒にいたんだから少しは進展した?」


柏崎は真顔で質問してくるが、俺にとっては

これまでで一番恥ずかしい質問だ!


「えっ…その…なんだ…」

『…これは何かあったな…判りやすいヤツ…』


慌てふためいている俺とは正反対に、やけに落ち着いて尚も質問してくる。


「しかし、キャンプ二泊ってよく彼女さん

OKしたな…初心者なんだしデイとか、

せめて一泊だろ…

そもそも泊まりって何だよ…下心丸見えだろう」


その言葉に愕然とする。

「うっ!しまった! 浮かれてていつも通りの

二泊で予約しちまった!」


ここから柏崎のぐちぐち説教が始まる…


「初めてのお泊まりデートがキャンプなんて

あり得ないだろ!

せめて普通はホテルだぞ!

ちゃんと気は遣ってやったか?

トイレとか!

着替えとか!」


柏崎の苦言が増える度

所謂デート初心者の俺は

サーーーッと青くなった。


「まあ、過ぎた事は仕方ない…

後でちゃんとフォローしとけ!

堅物のお前にやっと出来た彼女さんだ…

初めてのデートで振られるのは

俺にとっても、見るに忍びないからな……」

そう言ってヤツは深い溜息をついていた。


「わ…判った」

それ以外何も言えない…全く…面目ない…


ところが、こんな時に限って昇降口で

真古都とばったり会う。


真古都は含羞んで少し頬を染めている。


《ほら…瀬戸…》

後ろで柏崎がせっつく


「ホームルーム終わったら迎えに行くから」

淡々と彼女に伝える。

「うん…」

それでも真古都は嬉しそうな顔をしてくれる。


「おい 瀬戸

もうちょっと優しく言った方が

良かったんじゃないのか?」


二人のやり取りを見て、教室に着いてから

柏崎に言われる。


「わ…判ってるって!」


判っててもフェミニストのお前と違って

俺がそうそう上手く出来る訳ないだろーが!



真古都を迎えに教室へ行くと

霧嶋と廊下で話している。


「じゃあ真古都さん また明日ね」

そう言って彼女の頬にキスしてる。

今や、俺の彼女だと判った上で、

形振り構わず求愛中だと

噂が広まっているからか遠慮がない。


「霧嶋くんも気をつけてね」


「じゃあ先輩、真古都さんを

よろしく頼みますよ」

俺とすれ違いざまに霧嶋が言いやがった!


俺はむっとして、

のじゃないから!」

と言ってやったら、ヤツは澄ました顔で

「はい、はーい はね」

だと? くそっ!


思い余って真古都をその場で抱きしめる


「わぁお!

瀬戸くんもしかして嫉妬やきもち

いーなー」


真古都のクラスのヤツに言われるが

「まあ…ね」と、俺は返した。



個室のある喫茶店で真古都を抱きしめる。


「真古都

初めてのキャンプで疲れただろ?

大丈夫だったか?」

「う…うん」


いきなり抱かれて彼女は少し困惑している。


「俺といる時は無理するなよ」

「だ…大丈夫

瀬戸くんがいつも気にしてくれてるから」


真古都は頬を染めながら、

両手で俺の背中のシャツを握ってる。


『真古都が腕を回してくれてる…

メチャクチャ嬉しい…』


「瀬戸くん いつも何も言わずに

わたしのこと助けてくれてるの知ってるから…

わたし…凄く大事にしてもらってる」


霧嶋の時は案外ケロッとしてるのに…

俺の時には俯いて顔も見ようとしない

恥ずかしいって、前にも言ってたけど…

それって

俺を一人の男として

見てるってことだよな…


「瀬戸くん…

わたし瀬戸くんにどこまで応えたらいいのか

全然判らないの…

こう云う経験がまるでなくてごめんなさい」


真古都は真っ赤な顔を俺の胸に埋めて言う。


「真古都、

いいか ここから先は

絶対彼氏以外ダメだから」


「せ…瀬戸くんだけ?」


「そう、俺だけ! 約束して」


「だ…大丈夫…

わたし…瀬戸くん以外は嫌だから…」


〔瀬戸くん以外は嫌〕

やっとその言葉を言ってもらえたんだな


お前が俺で良いと思ったら

受け入れてくれ


俺は真古都にキスをしながら

これから先

二人の距離が縮まって行くことを願った












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