第34話 霧嶋数祈 #1

 霧嶋数祈きりしまかずいが転校してきたのは六月だった。


今更、どこの学校に転校になろうがどうでも良かった。

どうせ僕に対する悪評は、どこへ行っても変わらない。


女に手が早い

女にだらしがない

女なら誰でもいい

毎日違う女と遊んで飽きたら直ぐ棄てる

女は使い捨て…


挙げていけばキリがない僕の酷い噂…

勿論、僕だって男だから、全てがでたらめなんて言わない…

だから敢えて自分からは否定しない…

否定したところで誰も信じない事も知ってる。

一度ついたイメージは簡単には消せない。


「都心から少し離れた郊外の学校か…」

叶うなら、これから行く場所で、ずっと欲しかったものが見つかってくれたら…

これからの残りの人生は何もいらない…

今の僕はその為だけに

生きてると言っても過言ではないんだから

現実の僕を差し置いて、独り歩きする酷評に纏わりつかれ、僕はもう、生きているのか、死んでいるのか判らない…



「ねぇねぇ、一年の王子見ちゃった!」

「えーっ、どうだった?やっぱり凄いイケメンなの?」

「イケメンなんてもんじゃないわよ!アニメやマンガの王子様そのものよ!」


普段、あまり男の話をしないA組の女子でさえ噂をしてる一年の転校生。

可成の美少年らしい。

彼女のいるヤツは結構妬っかんでるが、俺は特に気にしていなかった。

多分三ツ木はそんな事に興味は無いだろうから…


「ったく!課題、出し忘れてるなんて!」

俺は三ツ木を迎えに園芸部へ急いだ。

校庭の横にある花壇に三ツ木はいた。

今年は新入部員が結構入ったみたいで、可成賑わっている。

『えっ?誰あいつ…』

三ツ木は一人の男子と話をしている。


あいつ…

一目見て直ぐに判った。

切れ長の眼に線の細い顔立ち、

まるで白鷺を思わせる様な綺麗な顔。

女子が騒いでいた一年の“王子”じゃないか…

なんで園芸部にいるんだ?


「おい三ツ木、次のコンクールの課題、出してないのお前だけだって部長が捜してたぞ」

「やだっ、忘れてた!またね霧嶋くん」


「はい」

三ツ木に向ける笑顔と視線…

俺はその時、少し厭な予感がした。



予感的中と云うべきか…

あの男、霧嶋数祈は事ある毎に三ツ木のところへやって来る。

「先輩!」

「三ツ木先輩」

「三ツ木せんぱ~い」


『何なんだよあいつ!』


「あのさ、別にわざわざわたしのところに来なくても良いんだよ?」

「最初に教わったのが三ツ木先輩だったから、先輩の方が訊きやすいです」

その綺麗な顔で笑顔を三ツ木に向ける。

「ごめん、瀬戸くんちょっと園芸部行って来ていい?」

三ツ木がお伺いを立てる感じで俺に訊く。

「ダメだって言ったら行かないのかよ!?しょーがないから俺も行ってやるよ!」


「わざわざ来なくても三ツ木先輩と二人で大丈夫ですよ」

その一言が俺をイラつかせる。

大体、三ツ木を男と二人になんて出来る訳無いだろ!

「三ツ木は美術部員なんでね、毎回お前の我が儘に貸してやれないんだよ!」

「ならお好きにどうぞ、ちえっ、二人きりだと思ったのにな」

さらりとふざけた事を言うこいつに怒りが収まらない。


『こいつ…どう云うつもりだ?

“王子”と騒がれて、女に困らないヤツがなんで三ツ木に構うんだよ!

他に女なんていっぱいいるだろ!』


「ごめんね、手伝わせちゃって」

「俺は構わないけど、ちゃんと園芸部の部長に言っとけよ」

「うん」


「前から気になってたんですけど、先輩たち付き合ってるんですか?」

肩が触れる程近づいて話す俺たちに、霧嶋が質問してきた。

「んな訳ねーだろ!」

誰よりも近くにいたのに、誰よりも大切にしていたのに、俺たちの間に特別な名前をつけなかったばかりに、俺は断言してしまった。


「大体コイツは、クズみたいな男に振られた挙げ句、まだ未練がましく思ってるようなヤツだぞ!」

「クズだけ余計よ!」

もう!俺は一体何を言ってるんだ!


「ふーん、良いこと訊いた。」

霧嶋がこれまで見たこともない笑顔になる。

「でもそれって、振り向いてもらえたら、一途な気持ちを自分に向けてもらえるって事ですよね」


それからも霧嶋は三ツ木に何かと絡んで来る。


「あれっ?先輩こんな所にキズがあるんですね」

霧嶋くんがわたしの右眼に触れようとしたので、キズをかくしながら避けた。

「あっ、気にしてたんならごめんなさい。でも、そんなキズで先輩の価値は変わらないし、僕は気になりませんよ」

「あ…ありがとう」

霧嶋くんの優しい笑顔に少しほっとする。

「傷が治っても中々眼帯外せなくって…その時瀬戸くんにも同じこと言われたよ。ありがたいよね」


「先輩彼氏はつくらないの?」

今は園芸部の部室で三ツ木先輩と二人きり。

僕は訊いてみた。

「そんな分不相応な事考えないよ」

彼女は当たり前のように言う。

「先輩を好きだった頃は楽しかったな…瀬戸くんは心配して色々言ってくれるけど、やっぱり初恋だったから…あの思い出だけで十分」


僕は思い出に自分を閉じ込めてしまう先輩が切なかった。

「今好きだった、って言ったよね。それって自分の中で消化できたからじゃないのかな?」

僕は三ツ木先輩を後ろから抱きしめて言った。

「分不相応なんて言わないで、新しい恋を始めて」

「ふふっ、ありがとう。わたし友達には恵まれたみたいで嬉しい」

その時部室のドアが開いて、僕が抱きしめてるところをあの男に見られてしまう。


「何やってんだ霧嶋!!」

彼は僕から三ツ木先輩を引き剥がすと、自分の胸に抱き寄せた。

「コイツはクズな男を一途に思ってるおめでたい女だが、ウチの大事な部員なんだよ!

これ以上恋愛沙汰でコイツを振り回すな!

遊びなら、お前の周りにいるチャラチャラした女にしろ!

コイツには手を出すな!!」

彼は、顔を真っ赤にして怒ってる。


『ふんっ!大事なね…

それを言うなら大事なひとでしょ…

まぁ、それを言われちゃ困るんだけど…』


「邪魔が入ったからまたね!さっきの話考えておいて」


「おい!あいつに何か変な事されてないだろうな!!」

霧嶋に触れられている三ツ木を見たら、なんとも言えないような重苦しさが、胸の中を占めて息がつまりそうだった。

「もう、誤解だよ。心配してくれただけだから」

両腕を鷲掴みにして詰め寄る俺に、三ツ木は困った顔で話す。


「あいつに何言われた!?」

「……あの…そろそろ彼氏を…つくったらどうかって…」

三ツ木の声のトーンが一気に下がる。


「でも…彼氏なんて…ハードル高過ぎだよ…

先輩の事もやっと思い出になったのに……」

三ツ木の声がだんだん涙声になっていく。

「わたしみたいなブサイクは、遠くから見てるのが精一杯…

それだって…

好きになったひとから…

またあんな言われ方したら…

そう思ったら怖くてつくれない」

三ツ木は俺の服を握りしめ、眼から溢れた涙が幾筋も頬を伝って落ちていく。


「何言ってる大丈夫だ!

絶対お前だけを好きになってくれるヤツは現れるから!

男がみんなあんなクズな訳じゃない!

もう少し自信を持って良いんだぞ!」

俺は三ツ木を胸の中に強く抱きしめ、背中を優しく叩いた。


「ごめん…瀬戸くんはみんな知ってるからつい甘えちゃって…」

『俺は…お前になら…

いくらだって甘えて欲しいよ…』

俺の心臓が、早鐘を打ち始める。


まだ…

怖くてひとを好きになれないのか…


コイツは

あのクズが忘れられないんじゃない


クズからされた事が

忘れられないんだ!








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