第34話 霧嶋数祈 #1
今更、どこの学校に転校になろうがどうでも良かった。
どうせ僕に対する悪評は、どこへ行っても変わらない。
女に手が早い
女にだらしがない
女なら誰でもいい
毎日違う女と遊んで飽きたら直ぐ棄てる
女は使い捨て…
挙げていけばキリがない僕の酷い噂…
勿論、僕だって男だから、全てがでたらめなんて言わない…
だから敢えて自分からは否定しない…
否定したところで誰も信じない事も知ってる。
一度ついたイメージは簡単には消せない。
「都心から少し離れた郊外の学校か…」
叶うなら、これから行く場所で、ずっと欲しかったものが見つかってくれたら…
これからの残りの人生は何もいらない…
今の僕はその為だけに
生きてると言っても過言ではないんだから
現実の僕を差し置いて、独り歩きする酷評に纏わりつかれ、僕はもう、生きているのか、死んでいるのか判らない…
「ねぇねぇ、一年の王子見ちゃった!」
「えーっ、どうだった?やっぱり凄いイケメンなの?」
「イケメンなんてもんじゃないわよ!アニメやマンガの王子様そのものよ!」
普段、あまり男の話をしないA組の女子でさえ噂をしてる一年の転校生。
可成の美少年らしい。
彼女のいるヤツは
多分三ツ木はそんな事に興味は無いだろうから…
「ったく!課題、出し忘れてるなんて!」
俺は三ツ木を迎えに園芸部へ急いだ。
校庭の横にある花壇に三ツ木はいた。
今年は新入部員が結構入ったみたいで、可成賑わっている。
『えっ?誰あいつ…』
三ツ木は一人の男子と話をしている。
あいつ…
一目見て直ぐに判った。
切れ長の眼に線の細い顔立ち、
まるで白鷺を思わせる様な綺麗な顔。
女子が騒いでいた一年の“王子”じゃないか…
なんで園芸部にいるんだ?
「おい三ツ木、次のコンクールの課題、出してないのお前だけだって部長が捜してたぞ」
「やだっ、忘れてた!またね霧嶋くん」
「はい」
三ツ木に向ける笑顔と視線…
俺はその時、少し厭な予感がした。
予感的中と云うべきか…
あの男、霧嶋数祈は事ある毎に三ツ木のところへやって来る。
「先輩!」
「三ツ木先輩」
「三ツ木せんぱ~い」
『何なんだよあいつ!』
「あのさ、別にわざわざわたしのところに来なくても良いんだよ?」
「最初に教わったのが三ツ木先輩だったから、先輩の方が訊きやすいです」
その綺麗な顔で笑顔を三ツ木に向ける。
「ごめん、瀬戸くんちょっと園芸部行って来ていい?」
三ツ木がお伺いを立てる感じで俺に訊く。
「ダメだって言ったら行かないのかよ!?しょーがないから俺も行ってやるよ!」
「わざわざ来なくても三ツ木先輩と二人で大丈夫ですよ」
その一言が俺をイラつかせる。
大体、三ツ木を男と二人になんて出来る訳無いだろ!
「三ツ木は美術部員なんでね、毎回お前の我が儘に貸してやれないんだよ!」
「ならお好きにどうぞ、ちえっ、二人きりだと思ったのにな」
さらりとふざけた事を言うこいつに怒りが収まらない。
『こいつ…どう云うつもりだ?
“王子”と騒がれて、女に困らないヤツがなんで三ツ木に構うんだよ!
他に女なんていっぱいいるだろ!』
「ごめんね、手伝わせちゃって」
「俺は構わないけど、ちゃんと園芸部の部長に言っとけよ」
「うん」
「前から気になってたんですけど、先輩たち付き合ってるんですか?」
肩が触れる程近づいて話す俺たちに、霧嶋が質問してきた。
「んな訳ねーだろ!」
誰よりも近くにいたのに、誰よりも大切にしていたのに、俺たちの間に特別な名前をつけなかったばかりに、俺は断言してしまった。
「大体コイツは、クズみたいな男に振られた挙げ句、まだ未練がましく思ってるようなヤツだぞ!」
「クズだけ余計よ!」
もう!俺は一体何を言ってるんだ!
「ふーん、良いこと訊いた。」
霧嶋がこれまで見たこともない笑顔になる。
「でもそれって、振り向いてもらえたら、一途な気持ちを自分に向けてもらえるって事ですよね」
それからも霧嶋は三ツ木に何かと絡んで来る。
「あれっ?先輩こんな所にキズがあるんですね」
霧嶋くんがわたしの右眼に触れようとしたので、キズをかくしながら避けた。
「あっ、気にしてたんならごめんなさい。でも、そんなキズで先輩の価値は変わらないし、僕は気になりませんよ」
「あ…ありがとう」
霧嶋くんの優しい笑顔に少しほっとする。
「傷が治っても中々眼帯外せなくって…その時瀬戸くんにも同じこと言われたよ。ありがたいよね」
「先輩彼氏はつくらないの?」
今は園芸部の部室で三ツ木先輩と二人きり。
僕は訊いてみた。
「そんな分不相応な事考えないよ」
彼女は当たり前のように言う。
「先輩を好きだった頃は楽しかったな…瀬戸くんは心配して色々言ってくれるけど、やっぱり初恋だったから…あの思い出だけで十分」
僕は思い出に自分を閉じ込めてしまう先輩が切なかった。
「今好きだった、って言ったよね。それって自分の中で消化できたからじゃないのかな?」
僕は三ツ木先輩を後ろから抱きしめて言った。
「分不相応なんて言わないで、新しい恋を始めて」
「ふふっ、ありがとう。わたし友達には恵まれたみたいで嬉しい」
その時部室のドアが開いて、僕が抱きしめてるところをあの男に見られてしまう。
「何やってんだ霧嶋!!」
彼は僕から三ツ木先輩を引き剥がすと、自分の胸に抱き寄せた。
「コイツはクズな男を一途に思ってるおめでたい女だが、ウチの大事な部員なんだよ!
これ以上恋愛沙汰でコイツを振り回すな!
遊びなら、お前の周りにいるチャラチャラした女にしろ!
コイツには手を出すな!!」
彼は、顔を真っ赤にして怒ってる。
『ふんっ!大事な部員ね…
それを言うなら大事な
まぁ、それを言われちゃ困るんだけど…』
「邪魔が入ったからまたね!さっきの話考えておいて」
「おい!あいつに何か変な事されてないだろうな!!」
霧嶋に触れられている三ツ木を見たら、なんとも言えないような重苦しさが、胸の中を占めて息がつまりそうだった。
「もう、誤解だよ。心配してくれただけだから」
両腕を鷲掴みにして詰め寄る俺に、三ツ木は困った顔で話す。
「あいつに何言われた!?」
「……あの…そろそろ彼氏を…つくったらどうかって…」
三ツ木の声のトーンが一気に下がる。
「でも…彼氏なんて…ハードル高過ぎだよ…
先輩の事もやっと思い出になったのに……」
三ツ木の声がだんだん涙声になっていく。
「わたしみたいなブサイクは、遠くから見てるのが精一杯…
それだって…
好きになった
またあんな言われ方したら…
そう思ったら怖くてつくれない」
三ツ木は俺の服を握りしめ、眼から溢れた涙が幾筋も頬を伝って落ちていく。
「何言ってる大丈夫だ!
絶対お前だけを好きになってくれるヤツは現れるから!
男がみんなあんなクズな訳じゃない!
もう少し自信を持って良いんだぞ!」
俺は三ツ木を胸の中に強く抱きしめ、背中を優しく叩いた。
「ごめん…瀬戸くんはみんな知ってるからつい甘えちゃって…」
『俺は…お前になら…
いくらだって甘えて欲しいよ…』
俺の心臓が、早鐘を打ち始める。
まだ…
怖くて
コイツは
あのクズが忘れられないんじゃない
クズからされた事が
忘れられないんだ!
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