第19話 三ツ木への不安と好奇の視線

 『大丈夫だ、大丈夫』

俺は傷口を体操着で力一杯抑え、自分に言い聞かせた。


周りには何事かと、野次馬の生徒が集まりだした。

「救急車を呼んだ。どんな具合だ」

先生が、走って教えに来てくれる。

「出血がまだ止まりません!それより、周りの奴等どけて貰えませんか?見世物じゃないんで!救急隊が来ても邪魔でしょう!」

俺は三ツ木の怪我に動揺を隠せず、先生に向かってつい大声を出してしまった。

白い体操着が、三ツ木の血でどんどんと赤くなっていく事に俺は焦っていた。


周りの野次馬は先生が片付けてくれた。

その場は俺と三ツ木だけになる。

彼女の手を引き剥がした時、そこに現われた傷口は酷かった。

『痛いだろうに…』

三ツ木は唇を噛みしめて、痛みを我慢しているらしく、俺の服を掴んでいる手が震えている。

黙って堪えている様子が、却って俺を不安にさせた。


先生が救急隊を先導してくる。

彼等はストレッチャーを三ツ木の横につけ、状況を確認した後、彼女を何人かで乗せようとした。

「い…嫌ぁ!!」

いきなり三ツ木が大声を上げる。

「こ…来ないで!触らないで!」


視界の狭い状況で、三ツ木はパニックになっている。

彼女からすれば、突然の出来事に訳も判らないところへ、苦手な男の声がして連れて行かれそうになっているんだ。

恐怖でしかないんだろう。


「三ツ木!大丈夫だ!」

パニックになり、振り回している三ツ木の腕を掴んで俺は声をかけた。

「安心しろ三ツ木!救急隊の人達だ!これから病院へ行くんだ!」

俺の声に、あれだけ暴れていた三ツ木が静かになった。


「瀬戸くん…瀬戸くん…」

彼女が声を詰まらせながら俺の名前を呼ぶ。

余程怖かったんだろう。

「大丈夫、救急車に乗るだけだ。安心して、俺も後から必ず行くから」

震えている三ツ木の手を、俺は強く握って諭す。

「すみません。お願いします」

救急隊の人達は、少し困ったような顔をして、三ツ木をストレッチャーに乗せ連れて行く。


「大丈夫か、瀬戸」

先生が俺に声をかけてきた。 

「俺は大丈夫です」

「随分酷いカッコだな」

その言葉に改めて自分のカッコを見る。

躰の至るところ血塗れだ。

本当に酷い有様だった。


俺は三ツ木の鞄を取りに、彼女の教室へ向かう。

クラスでは数人の生徒が固まって話をしていた。

「二階から落ちてきた鉢植えが、頭に当たって怪我したらしいよ」

「救急隊が来た時、血塗れだったって」

俺は入り口で軽くノックして声をかける。


「一年A組の瀬戸です。三ツ木の病院へ行くんで鞄取りに来たんだけど」

固まって話をしていた生徒たちが、一斉に俺を見る。

どいつも好奇の眼差しを隠そうともしない。

「なんでA組の貴方が取りに来たの?三ツ木さんの友達?」

一人の女が訊いてきた。

「部活が一緒なんだ」

俺は事務的に答える。


「三ツ木の席何処ですか?鞄と、他に何かあれば持って行ってやりたい」

俺は知らず知らず顔つきが険しくなる。

「三ツ木さんの席は窓側の一番後ろ。でも鞄は無いと思う。多分園芸部じゃないかな」

別の女が教えてくれた。

「失礼します」

俺は声をかけてから教室に入ると、三ツ木の席に行き机の中を覗き込む。

プリントが数枚入っていたので、それを自分の鞄へ仕廻う。


教室を出ようとした時、最初に声をかけてきた女が近づいて来る。

「ねぇねぇ、三ツ木さんとは仲良いの?」

女の眼が興味本位に輝いている。


『何だよ!三ツ木に男の知り合いがいたらそんなにおかしいのか?』


「新入部員同士で行動する事が多いから、仲は悪く無いと思うが?」俺は素っ気なく答える。

「あっ、やっぱりそれだけだよね?」

女の妙に納得した顔が気に入らない。

「何か問題でも?」

俺は女の態度が癇に障り、つい眉間に皺を寄せて聞き返した。


「ううん、あの三ツ木さんにA組の男子が尋ねて来るなんてあり得ないから気になっただけ。部活が一緒ってだけなのに貴方も災難だったわね」

女の優越感に満ちた笑いが、俺を苛立たせた。


「彼女が入院中は毎日病院に行くんで、配布物とかあったら代わりに持って行くから言ってくれ」

「ま…毎日!?」

その一言に全員の視線が俺に集まった。

どいつもこいつも、呆気に取られた顔をしている。


『くそっ!ふざけるな!三ツ木にだって気にかけてやるヤツくらいいるんだよ!』


俺は園芸部で三ツ木の鞄を受け取ると、病院へ急いだ。

園芸部では、副部長だと名乗った桂木稀早かつらぎきさと云う女子が、三ツ木を心配していた。

自分も近いうちお見舞いに行くので、よろしく伝えて欲しいと言付かる。


そうだろう。

それが普通だ。

何なんだあのクラスメイト共は!

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