ぼくは会社の空気役としてがんばってます

ちびまるフォイ

ニンゲンの可能性を引き出す役割

「ついに……ついに合格だ!!」


大学の新卒から自分探しの旅などしてしまったがために

就職戦争から落第して苦節3年。


どこにも採用されなかった自分がついに大手へ就職できた。


これでやっと今までフリーターだと見下していた同級生を

大手の名刺を見せつけて圧倒することができる。


会社の初日。

研修ということで本社へやってきた。


通された会議室は自分だけしかいない。


「研修ってもっと大人数だと思っていたんだけどなあ」


などと愚痴っていると部屋に上司が入ってきた。


「先に言っておく。君には普通の仕事はできない」


「え」


「そもそも君のスキルはわが社の社員として足りていない」


「ええっ? じゃあなんで雇ったんですか……?」


「君は"空気採用枠"だからだ」


上司はさも当たり前だというように言った。


「知ってのとおりわが社は世界有数の大企業。

 仕事も緻密で難しいことを、毎日何時間も行っている。

 

 しかしだ。そんな高いレベルの仕事を行うには

 会社の雰囲気づくり。つまりは空気が大事というわけだ」


「は、はあ……」


「そこで君の出番だ。ときに失敗し、ときに努力し。

 会社のムードメーカーとして働いてもらいたい」


「え、し……仕事は?」


「しなくていい。というかできないだろう。

 君は仕事をするふりをして、オフィスの空気感を良くしてくれればいい」


「なるほど……」


自分の能力が大企業に認められたと浮かれていたがそんなことはなかった。

けれどここで辞表を叩きつけるほど経済的な余裕はない。


会社に求められるキャラを演じるしかなかった。


「よお、おつかれ! 今日は飲みいかないか!?」


酒が強くもないのに、仕事終わりには率先して飲み会を開く。


「ちょっと聞いてくれよ。昨日クラブで~~……」


会社に務めるマジメな人が知り得ないであろう

夜の世界の雑談をしたりしてオフィスの空気感を整える。


実際の仕事はしないが、やっているように見せる必要がある。

パソコンに向かって仕事をしながらソリティアを繰り返す。


上司からふいにパソコンへメールが届けられる。



『言っておくが、君の存在は極秘事項だ。

 誰かに話せば君のクビが飛ぶ。』



まるで殺人鬼のような圧強めの文面に背筋が冷えた。


会社の空気役という仕事の存在を知られてしまえば、

みんな自分と同じ立場を求めて殺到するだろう。


「この大変さも知らないで……」


やってみて気づいたことだが、空気役はけして楽じゃない。


会社のあらゆる情報を集めて、的確なフォローをしなければならない。

ときにタバコも吸わないのに情報収集で喫煙所に入り浸ることさえある。


そうして得た会社の人間関係や精神状況をうけて、

誰を誘ったり、どこで失敗して笑いを誘ったりと計算しなくちゃいけない。


みんなが気分良く働く場を提供するために尽くすピエロは大変だ。


休日もピエロとしての引き出しを増やすために、

普段は出かけないような繁華街を訪れたり人脈を広げたり。


大学時代は暗くてインドアの自分からは真逆の行動に、

昔の自分が見たら別の世界線の自分だと強く訴えるだろう。


それだけ本来の自分とはかけ離れた行動を会社の内外で繰り返した。



そんなことすれば壊れるのは時間の問題だった。



「なぜ自分が呼び出されたかわかっているかね?」


「い、いえ……わかりません」


「君、最近会社を休みがちなそうじゃないか」


「体調があまり優れなくて……」


「おかげでオフィスは殺伐とし始めて、

 社員のパフォーマンスが30%落ちている。

 君はどう思っているのかね」


「……」


「君はサポーターなんだよ。

 選手になれなくても選手を鼓舞する役なんだ。

 選手がケガをして出れないのはわかるが、

 声援を送る役の君が出ないのはおかしいだろう」


上司のその言葉で飲み込んでいた言葉が口から出た。出てしまった。


「も……もうこの仕事やめます!」


「……なんだと?」


「前から考えていたんです。自分は向いていないって。

 だんだんとムリが出てきたのがわかったんです。

 だからもうやめます」


「そうか……」


「失礼します!」




「続けるのなら、昇進も考えたのだがな……残念だよ」



「えっ」


退室するはずの足が止まった。


「ここだけの話しだが、最近管理職の空気役がやめてね。

 その席が空いたから君にどうかなと思ったんだが……辞めるならほかを当たるか」


「か、管理職の空気役……!? どんなことするんですか?」


「重苦しい空気を演出する人さ」


「そんなことしてなんのトクが……?」



「仕事では君がやってきたように一定のリラックスした空気も必要だ。

 ただ、それと同じくらいに緊張するような場も必要なんだ。

 みんな仲良しすぎる空気感は、仕事の品質を落とす」


「なるほど……」


「で、君はどうする? ここで辞めるか?

 それとも管理職の空気役として昇進し、

 管理職の高い給料の生活を選ぶかね?」


「続けるに決まってるじゃないですか!!!」


辞表を破り捨ててかけらも残らないように口に頬張って飲み込んだ。

その日から晴れて「管理職の空気役」の上級職へとランクアップ。


真剣な感じが出るようにひげを蓄えたりして、

無駄に難しい言葉を覚えたりし、より張り詰めた空気を出せるように整えた。


最初の仕事は企画会議。

重役席に座らされると、若手社員がプレゼンを始める。


「……ということで、新企画のご説明を終わります」


「うむ」


内容はまったくわからないが、なにか決断をするような顔を作った。


「君の企画だが……アサーション的に見て経済活動へはどうコミットできるかな」


「……は、はいっ、えっと……そのっ……」


「いや、いい。ここですぐに出せないのなら良い。

 付け焼き刃の回答はいらない。君なりの分析が聞きたかった」


「すみません! 勉強してきます!!」


「うむ」


やってみると管理職の空気役のほうが自分は向いていた。


前までは周りの顔色を伺うことが求められていたが、

今度は相手の顔色を無視するほうがむしろ良い。


さも自分は広い世界を知っていて、たくさんの選択肢を持っていて

相手が言葉に詰まるような言葉を容赦なくあびせることで

職場の緊張感を保つ調整役になれる。


実際はなんもわかってないが。


「こんなに楽な仕事があるなんて! 空気役、最高ーー!!」


管理職になったことで跳ね上がった給料で調子に乗り、

バカ高い一軒家のローンを組んだり、高級車を買ったり。


きっと同級生たちはうだつの上がらない給料で、

必死にぺこぺこしながら汗水たらして仕事しているのだろう。


一方で俺は毎日スマホゲームをしならがら、

空気役として呼ばれれば顔を作って緊張感を与えるだけで

彼らの生涯賃金をかるく超える給与を得られる。


なんて不条理。

だけどこの立場をゆずるつもりはない。


管理職の空気役として数年が経った。

ふたたび呼び出しを受けたが驚きはしなかった。


「なぜ自分が呼び出されたかわかっているかね?」


「わかりますよ。会社にどれだけ貢献したと思ってるんです?

 表彰の準備でしょう?」


「たしかに君の仕事はよくできている」


「でしょう? 俺も天職見つけたっていう自負あるんですよ」


「だが、それもこれまでだ」



「ん?」



「管理職の空気役だが、本日をもって終了とする」



「ちょっ……ちょっとまってくださいよ!

 俺はしっかりやっていたでしょう!? 何が不満なんだ!」


「君の仕事は問題ない。ただもう空気役は不要になったというだけだ」


「バカな! あれだけ空気役の必要性を話したのはあんたじゃないか!」


「何度でも言おう。その役はもう不要なのだ」


「その理由を教えてくれよ!」


「不要なのだ」


「ああもう!!! なんで言葉が通じないんだ!!」


今解任されたら溜まったローンをどうすればいいのか。

今の家を手放して公園で路上生活になってしまうかもしれない。


「一体誰が空気役を不要だって決めたんだ!」


「私だ」


「あんただけ?」


「極秘裏のプロジェクトだから私だけが知っている」


「そうかい。じゃあ、あんたさえいなければ

 この解任についても闇に葬られるってわけか」


「なにをーー」


俺は椅子を持ち上げて上司の頭を殴りつけた。

たしかな硬い手応えを感じた。


「やめてたまるか! 俺はここを離れたら

 なんのスキルもない人間に戻っちまう! あとがないんだ!!」


床に倒れた上司をなんども殴りつけた。

確実に死ぬほど何度も何度も。


それだけ殴ったというのに、上司は再び立ち上がった。


「う、うそだろ……」


「管理職の空気役は不要だ、ダ、ダ……」


上司のめくれた頭皮からは機械のメタリックな金属が見える。


「全社員を機械との入れ替えが終わった。

 人間の感情や雰囲気によって仕事の成果が変動することは無イ。

 

 ユエに、空気役はわが社で不要トなった……」


「い、いやだ……やめたくない! やめてたまるか!」


「デハ、君には新しいポジションを与えヨウ」



俺は管理職の空気役としての役目を終えた。

そして、今はというと。



「あんたの言った通り操作したのに動かないじゃないか!

 ちゃんとコンセントを差すって最初に書くべきだ!!」


「ニンゲン、理解不能理解不能リカイフノウ……」



ロボット社員たちに人間の理不尽さを伝える枠として今の仕事を続けている。

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