第二六六話 シャルロッタ 一六歳 竜人 〇六

「……空が青いな、そしてお前の顔は邪魔だシャルロッタ」


「随分な言い草ね、割とガチ目にぶっ放したのに死んでないんだから立派だわ」

 リヒコドラク……真の竜トゥルードラゴンの瞳が視界の中に銀色の髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ少女の顔が入ったことで不満そうに鼻を鳴らした。

 シャルロッタ・インテリペリの放った拳……拳というにはあまりに凄まじい破壊力を持って放たれたものだったが、それを受けてもなお彼女は生きていた。

 今は地面に穿たれた巨大な穴の中心で腹を上にして倒れて空を見上げている。

 先ほどまで全力で戦った敵が微笑んでいることに内心悔しさを感じるが、ここまで完璧に打ち破られると流石に諦めもつくというもの。

「……以前喰らった技よりも威力が数段階上がっていた、あれでも手加減しているのか?」


「前はその……ちょっと体調が悪くて……」

 なぜか恥ずかしそうに言い淀むシャルロッタを見て、リヒコドラクはきょとんとした表情を浮かべた後フンと鼻を鳴らした。

 その後体に残されていた魔力を使って次第に人間の姿へと変化していく……赤髪の美しい女性、リーヒ・コルドラクの姿へと変化し終わると、上体を起こした彼女はガリガリと頭を掻いてから自分を見下ろすシャルロッタの顔を見上げてじっと見つめた。

 なぜこの少女があれほどの強さを持っているのか理解はできないが、一つだけ彼女を形容する言葉があると思っている……『勇者』という言葉。

 それ以外に彼女を表す言葉が見つからない、とリーヒは考えていた。

 レッドドラゴンたるリーヒが負けるのは二度目……しかも全力を出しても敵わなかったことに悔しさは感じる、だがその感情のみで動くほどリーヒはドラゴンとしての誇りを忘れたわけではなかった。

「……負けたよ、この場で殺すか下僕にするか改めて選べ」


「……態度でっか」


「我はドラゴンじゃぞ? 人間に下げる頭など持っとらんわ……まあ、お前が願うなら下げてやっても構わんがな」


「いや? 貴女はそれでいいわよ……リーヒ、いい戦いだったわ」

 シャルロッタが彼女の頭にそっと手を載せて撫でながら微笑んだのを見て、リーヒは少し照れくさそうな表情を浮かべてから苦笑いのような表情を浮かべた。

 負けたというのに晴々とした気分だ……以前の敗北は自分自身の油断から来たものだと考え、納得はできていなかった。

 だが今回は正面から立ち向かい全力を出して負けたのだからもはや認めざるを得ない、またいつか本気で戦うことがあるかもしれないが、その時に彼女を超えるために修行を行わねばならないだろう。

 シャルロッタは強いとはいえ人間である……再戦にのんびり時間をかけることは許されないだろう、人間はいつか老いていくことを長い経験の中からリーヒは学んでいた。

「……あんなインチキ修復術持っとるなら先に言え」


「結構危なかったのよ、もう少しでわたくしの命に届きそうだったのだから」


「嘘つけ、お主まだ余裕があるじゃろ……ああ、忘れてたティーチ! こっちへこい」

 苦笑いのような表情を浮かべるシャルロッタの顔を見つつリーヒは再びため息をついた後、何かに気がついたように目をぱちくりさせると天幕の中から隠れるように二人を見ていたティーチ・ホロバイネンを呼ぶ。

 普通の人間であるティーチが二人の戦いに最低限の介入しかできないのは仕方ないにせよ、もうすでに決着がついた状況でも寄り付きもしないのはそれだけシャルロッタが恐ろしいのだろう。

 不安そうな顔のまま音もなく傍へとやってきたティーチを見てほほ笑むとリーヒは軽くため息をついてから彼へと話しかけた。

「んで、お前はどーする? こいつとやりあってお前の勇気を証明するか?」


「……リーヒ、あんたが無事でよかったよ」


「はあ? 何を言っとるんじゃお前は」


「シャルロッタ様、リーヒを生かしてくれてありがとう」

 ティーチは不思議そうに彼を見つめるシャルロッタへと頭を下げる。

 元々は戦うことに難色を示していた彼だが、戦うとなればきちんとサポートだけはしなければいけない……副官であるリーヒを失うことはマカパイン王国での彼の立場を危うくする可能性すらあった。

 シャルロッタがそれを理解していたのかそうではないが倒しきれなかったのかは彼には理解できないが、少なくともリーヒという得難い存在を失うことはなかったということには安堵と感謝の念が耐えなかった。

「まだ働いてもらう人たちを自分の手で殺すほど、わたくし頭悪くありませんわよ?」


「その割には結構本気で殴ってたじゃろ」


「そうでもしないと貴女降伏しないでしょ」


「あたりまえじゃ! もう一回やるかこのヤロー!」

 リーヒとシャルロッタがお互いを見て騒ぎ始めるのを見て、ティーチは何となくほっとした……二人が口論に至っている場合は殺し合いをする気がない時だと知っているからだ。

 思わず頬を緩ませるティーチを見てシャルロッタが少し不機嫌そうな表情を浮かべるが、そんな彼女の小根の優しさを感じたのかティーチは改めて頭を下げた。

 そしてそんなティーチを見て、リーヒはふんッと鼻を鳴らすと軽く埃を払ってから立ち上がる……戦闘術アーツのダメージは大きいが、治癒魔法を駆使して動けるまでには回復していた。

「……さて、シャルロッタよ、マカパイン王国軍の中でも我らが動かせる人数はそれほど多くない」


「そうなの? ティーチは将軍に置いてこそ活躍できると思うのだけど」


「そう言ってもらえるのはありがたいけど……シェリニアンという将軍が今回の遠征軍を率いているんだ、僕らはオマケみたいなもんだ」


「シェリニアンの裏にいるスピードワゴン公爵……そいつが混沌の眷属と繋がっていると思う」

 二人の言葉にシャルロッタはふむ……と顎に手を当てて考え始めるが、その仕草があまり女性らしくないな、とティーチはふと思った。

 前から思っていたがシャルロッタの仕草が時折ひどく男性的なものに見えることがある、インテリペリ辺境伯家という武門の家系に生まれたからなのか、それとも全く違う理由なのかはわからないが。

 だが美しい……初めて出会った時も思ったが、彼女の美しさはマカパイン王国の貴族令嬢と比べても一際輝いていると思う。

 彼女の本性というか、明らかに令嬢らしくない部分を見過ぎているからか、ティーチとしてはまるで惹かれない上にどちらかというと怖い部類に入っている。

「ではまずはそのシェリニアン将軍というのから片付けますか……スピードワゴン公爵ってのはリーヒに任せますわよ」


「……ま、そうなるだろうな」


「そっかシャルロッタ様が動くと全面戦争になってしまうからか……」

 ティーチの言葉に頷くシャルロッタ……残念ながら彼女はイングウェイ王国の人間であり、よほどのことがない限りマカパイン王国内で活動することは難しい。

 特にインテリペリ辺境伯家令嬢辺境の翡翠姫アルキオネの名は隣国であるマカパイン王国内でも知られている上に、絵姿なども出回っておりすぐに見つかってしまうだろう。

 だが、遠征軍を指揮しているシェリニアンであれば……そこまで考えてからリーヒはシャルロッタと目を合わせてから笑う。

「……戦場では事故や戦死は付き物じゃな……不幸じゃのシェリニアンは」




「まだ前線に出た兵士は戻らんのか?!」

 少し寂しい頭髪がトレードマークになっている初老の男性……一際豪華な衣服を身に纏ったシェリニアン将軍は報告にやってきた部下を怒鳴りつける。

 シェリニアンが率いている部隊は散開して辺境伯領に点在している村々を襲撃している手筈になっているが、その悉く全ての部隊からの連絡が途絶えている。

 今シェリニアンがいる本陣にいる兵士の数は三〇〇名程度であり、もしこの状況下で辺境伯軍の迎撃部隊が襲撃をかけてきたら一溜りもないと考えていた。

「はっ! 伝令に出した兵も戻らず……その前には襲撃は成功し捕虜を確保したという報告のみが……」


「捕虜など連れ帰る時間があるものか! 全く……大方イングウェイ女の味見でもしているのだろう……」


「……小官には予想すらつきません」


「まあ、いいティーチの部隊はどうしている?」


「巨大な爆炎などが巻き起こっておりました、おそらく敵部隊との交戦状態になったのかと」

 竜殺しティーチ・ホロバイネン……斥候部隊の一兵士にしかすぎなかった彼がマカパイン王国国王トニー・シュラプネル・マカパイン三世の覚えめでたく出世の道を歩んでいることに嫉妬を覚えないものは少なくないだろう。

 それにあの赤髪の副官……リーヒ・コルドラクと名乗る美しい女性を侍らせるティーチに対して敵愾心を掻き立てらた将軍たちは、どうにかして彼を蹴落としたいと考えていた。

 たった二〇〇名……ティーチが率いる部隊は本来その数倍いるのだが、今回の遠征にあたって部隊は複数の任地へと同時に出兵を命じられており、ティーチは泣く泣くシェリニアン軍に同行するという形で辺境伯領への出兵に参加する羽目になっている。

 それも全てスピードワゴン公爵を中心とした守旧派の貴族たちによる工作の結果である……そしてシェリニアンは守旧派の中心人物に近い存在であり、辺境伯領への出兵で功績を上げればティーチに対抗する権力を手にするはずだった。

「たった二〇〇程度の部隊だ、すぐに崩壊するだろうよ……撤退準備を整えよ」


「は、あ、あの……援護には向かわないのですか?」


「壊滅する部隊に援軍など送れるか……戦果は十分だ、撤退する」

 シェリニアンの判断は正しい……ティーチがいくら竜殺しを達成した英雄であっても、彼一人でできることなど限られている。

 せいぜい戦って死んでしまえばよい、とシェリニアンは考えていた……そうやって謀略で死んでいった英雄など星の数ほどいるのだから。

 自らも退却のため指揮を取ろうと天幕を出たシェリニアンの周囲が不意に暗闇に包まれる……なんだ? と思って空を見上げた瞬間、彼は思わず悲鳴をあげそうになった。

 そこには巨大な翼を広げ口元から炎を吹き出す、マカパイン王国では見たこともないような大きさのレッドドラゴンが空に浮かび、金色の瞳で彼を見つめていたのだから。


「……やあシェリニアン将軍……随分と急いでどこへいくのかな?」

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