第二五二話 シャルロッタ 一六歳 弑逆 〇二

「……ん……これダメ……く……あ……んっ」


 寝台の上で大きく体を震わせると、わたくしは高波のように押し寄せる強い感覚に身を委ねたまましばらく体をこわばらせながら横たわる。

 開いた口の端から吐息と共に唾液が溢れているのを感じつつ、わたくしは身体中がふわふわとした浮くような感覚と、何度も襲いくる強く激しい余韻に浸りつつも何度も何度も全身を包み込む荒波に抗う。

 呻き声とも嬌声とも取れない、とても自分が出しているとは思えない声を押さえ込もうと、片手の指を軽く噛んでなんとか声を押し殺すが、余計にその行為が自分自身の罪悪感を刺激してしまい思わず涙がこぼれた。

 だが、強い余韻が全身を何度も侵食し、その感覚に気が狂いそうになりながらもわたくしは必死にシーツを握りしめながら短く荒い息遣いのまま波が通り過ぎるのを待つ。


「ふぐ……ぅあ! う……ッ!」

 女性の肉体へと転生してこのかたここまで自分の体が制御不能になっているのは初めてだ……それ故にどうすれば抗えるのか全くわからないまま押し寄せる波を耐え凌ぐだけになっている。

 何度も何度もこの状態を繰り返しすぎて、自分がおかしくなっているのか? と冷静に思考する自分がいるのだが、すぐにその冷静さも強い欲求と熱に浮かされたような気分でかき消されていく。

 しばらく幾度も全身を震わせて余韻に浸った後、はあっ……と大きくため息をついてから、わたくしは寝台から起き上がると、大きな姿見に映る自分の姿をぼうっとした思考のまま見つめる。

 ひどく乱れたネグリジェと、そこから覗く白い肌の上には大粒の汗が浮かんでいてとても扇情的な姿にさえ見えてしまう。


「ひどい顔……シャルロッタ、あなた今本当にひどい顔しているわ……」

 これが自分じゃなきゃね……とは思うが、残念ながら目の前にある姿見でこちらをじっと見つめている美少女は紛れもないわたくし自身、インテリペリ辺境伯家の令嬢シャルロッタ・インテリペリだ。

 今は少し乱れているが輝くような銀色の髪、まるで人形のように整った容姿に深く美しいエメラルドグリーンの瞳からは軽く涙がこぼれ落ちている。

 胸は一六歳といわれると二度見したくなるくらい大きく豊かであり、形は非常に整っていて触ればまるで極上のクッションにふれたかのように柔らかい。

 自分磨きの一環、と言うことでマーサにも手伝ってもらって磨き上げた肌は絹のように滑らかなのだが、今は先ほどまでの嵐のために熱く火照っている気がする。

 細身の身体や腰回りは締まっているが女性らしい体型を維持している……そんなことを考えながら姿見を見ていると先ほどまで熱く疼いていた下腹部に熱が篭るような気がして慌てて軽く頬を両手で叩く。

「んっ……やだ……いけない、おかしくなっちゃう……」


 少しだけ思考能力が戻ってきたのか、さざ波のように湧き上がっていた感覚はすぐに引いていったことで、再び大きく息を吐くとそれまでのことを思い返していく。

 六情の悪魔エモーションデーモンフェリピニアーダの攻撃はわたくし自身に強く影響を与え、あの場ではなんとか我慢できたものの、自室に戻ってきた後すぐから自分自身が制御不能になった。

 エスタデルにある自分の寝室には誰も勝手に入ることはないので、戦場から戻ってきたあとわたくしは寝室に篭ったまま、すでに二日ほど経過している。

 流石に心配したマーサが食事を持って部屋に来てくれることがあったが、浄化ピュリフィケーションの魔法を部屋にかけていなかったらちょっとまずいことになってたかもしれない。

 流石に人前に出るにはまずい状態だったので、魔法で幻覚を作り出してなんとかやり過ごしたけど……本当に辛かった。

 基本的にわたくしはには無頓着というか、自分自身が前世で男性しかも勇者だったこともあって目を背け続けてきていた。

 まあ、多少お風呂場で自分の体を軽く触ってみたりとか、マーサに抱きついて戯れあった時にやわらかいなーとか考えることはあっても、ここまで乱れたのは人生で初めてかもしれない。


「あ……大丈夫、落ち着いた……んっ……」

 一時期からするとだいぶ落ち着いたとはいえ、いまだに体の奥底がムズムズしているような気がする。

 大きく息を吸ってから吐き出し、なんとか体の調子を取り戻そうと魔力を込めていくと、次第に強く疼く感覚が遠のいていくように思えた。

 大丈夫かな? 寝台から降りて姿見の前に立つと乱れてあちこちが汗でぐしょぐしょになったネグリジェを見つめてひどくガッカリしたような気分になる。

 今の姿を見たら他の人はどう思うだろうか? 貴族令嬢としては完全に失格だ……自分自身のことながら流石に嫌になってくる。

 女性であるという状態がなんであるのか、あまり深く考えたことはなかったがフェリピニアーダはそこを実に的確に攻撃し、わたくし自身をいとも簡単に戦闘不能にして見せた。


 前世の勇者時代に似たような攻撃を受けたことがあったが、その時はもう少し下の階位の悪魔デーモンだったこともあって十分に防御できていたのだけど。

 思った以上にシャルロッタ・インテリペリの肉体は自分が考えている以上に繊細な感覚を持っているのかもしれない……腕とか切断された時も痛覚を遮断しなければ意識を飛ばしていたのかもしれない。

 正直に言うのであれば第二階位の悪魔デーモンにしてやられたと言う強い怒りも奥底にはあるのだが、あれは油断していなければ防げた攻撃だったような気もするからだ。

 それ故に腹立たしい……単純な戦闘能力だけでいえば六情の悪魔エモーションデーモンはわたくしよりも弱いはずなのだから。

 ノルザルツの眷属とはいえ第一階位の天使エンジェルではない存在にしてやられたと言う屈辱感がわたくしの心に強い炎をたぎらせている。


『……婚約者の前で劣情に狂う姿をみせずに済んでよかったのぉ?』


 確かにあの時さらなる侵食を受けていた場合、わたくしは令嬢としての人生が終わるくらいの状況に追い込まれたかもな、とため息をつきたくなるような気持ちに陥る。

 クリスの前で先ほどまでの姿は見せられるはずなどない、貴族令嬢として貞淑であれと教え込まれている自分があのような淫らな姿を見せてしまったらと考えるだけでも恐怖心が首をもたげてしまう。

 あの時のフェリピニアーダの嘲るような表情……今思い出すだけで腹立たしく、次あったら絶対にブチ殺さないとわたくしの気が済まない。

 わたくしは沸々と湧き上がる怒りを押さえ込もうと再び大きく息を吸うと、吐き出した……だめだ冷静になれシャルロッタ。

 あいつはそうやってこちらの隙を作り出すノルザルツの眷属なのだ、単純な戦闘では絶対に勝てないことを理解しているからこその権能なのだろう。

 椅子にかけられていたガウンを手に取ってから、わたくしは誰に訊かせるべくもなくポツリとつぶやいた。

「次あったら……絶対に殺す、それこそ塵も残さないレベルで滅却する……覚えてろよ……」




「ま……闘いになれば妾はシャルロッタには勝てんじゃろうな、恐ろしい人間もおったものじゃの」

 フェリピニアーダが両肩をすくめて苦笑いを浮かべたのを見て、聖女ソフィーヤ・ハルフォードは眉を顰めて六情の悪魔エモーションデーモンを見つめる。

 第二階位の高位悪魔グレーターデーモンとは思えない発言に驚きを隠せない表情を浮かべると、フェリピニアーダはクスクス笑いながら手に持ったカップからお茶を啜る。

 そして一息ついたのか軽くほぅ……と満足そうな吐息を漏らすが、その声を聞くだけでソフィーヤですらなんともいえない気分に陥るのは目の前の悪魔デーモンの持つ権能によるものだろうか?

 そんなことを考えつつソフィーヤは目の前に座っている悪魔デーモンへと問いかけた。

「そうなの? それにしては優位に立っていたように見えたのだけど……あっさりと引き下がったのは理由があると?」


「クハッ……あれは勇者そのものじゃよ、勇者とは究極の戦闘兵器にして女神の戦士……おお、恐ろしいのぉ?」


「勇者……? いやでもクリストフェル様が勇者なのでは?」

 フェリピニアーダの言葉に理解ができないとばかりにソフィーヤは眉を顰めるが、それもそのはずだ……マルヴァースにおいて勇者とは現状クリストフェル・マルムスティーン以外にいるわけがないからだ。

 だが……確かにシャルロッタ・インテリペリの見せる戦闘能力はそれまでの常識では説明がつきにくいものではある。

 彼女は戦闘中に肉体を断ち切られても瞬時に修復していたという……現在のイングウェイ王国における治癒魔法は瞬時に修復を可能とするものは知られていない。

 また、自身を治療すると言うことは魔力の回帰性と言う面からも効果が薄くなり余計な時間がかかることでも知られていて、効率が悪いとされている。

「……瞬時に肉体を修復し戦うと言う戦士は勇者以外おらん、あいつらは自己の命すら厭わぬ狂人どもなのだ、我らにとっては死を超越した悍ましい悪夢じゃよ」


 フェリピニアーダはまるでおどけたように舌を出して苦笑いを浮かべると、それを見ていたソフィーヤの表情を見て再びクスクス笑う。

 だがそれでも……勇者は人としての頸木から完全に逸脱した存在ではない、その証拠にあの時シャルロッタ・インテリペリはその身に起きた荒波に耐えてはいたものの戦闘が可能な状況ではなかった。

 あの時一気に襲い掛かれば倒せただろうか? いや……とフェリピニアーダはあの時の状況を冷静に思い返してから軽く首を左右に振った。

 追い詰めれば追い詰めるほど勇者は底力を発揮する、クリストフェルという可愛い坊やですら危険が迫れば覚醒してしまうだろう。

 訝しげるような表情のソフィーヤを横目に、強大なる六情の悪魔エモーションデーモンは楽しそうに笑った。


「実に厄介だ、どうやって楽しもうか……殺す前に可愛がってやらねば妾たる意味がないでな……」

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