第4話 地獄に輝く光2

「心配しないで。あたしだけはアルのこと、信じてるから」


「..............................え?」


「アルがそんなことするわけない。あたしは知ってるもん。アルは絶対にそういうことしない誠実な人だって。どうせママ活とかいうのだって冤罪なんでしょ?」


「あ......え、えっと......」


「あたしはアルを疑ったコウちゃんたちとは違う。昔からアルのこと信じてるから」


「あ......あ......お、俺......っ!」



 たった1ヶ月程度のことなのに、すっかり人の暖かさを忘れていた俺。

 そこに雅の暖かさは、物理的にも精神的にもするすると染み込んできた。


 気づいたときには、これまであったこと、1人で抱え込んでた弱音、理不尽な世の中に対する憎しみ、その他にも感じていたことを全部吐き出していた。


「うん......。うん......っ。そうだね、辛かったよね。ごめんね、あたしがもっと早くにそばにいてあげられてたら......!」



 俺が泣き言をこぼし続けてる間、雅はずっと俺を励ます言葉をつぶやきながら、俺を抱きしめて頭をなで続けてくれた。


 比べるのは失礼千万だけど、Eカップあったこうとは違って、昔と変わらないまな板な雅の胸。頑張ってもAあるかどうかじゃないだろうか。

 だけどそんな慎ましやかな胸に、誰よりも温かいたくさんの優しさが溢れているような感じがした。


「いいや、いまこうしてくれているだけで十分だ......。俺は......1人じゃないって思える。ありがとう」



 久しぶりに人に笑顔を向けた気がする。いや、気がするなんてもんじゃないか。絶対久々だ。

 最近笑うなんてこと、全くできてなかったもんな。


「これからも、あたしだけはずっとアルの味方だからねっ!」



 その一言にまた泣かされて。






 泣きつかれたころには辺りは真っ暗になっていた。

 それまで感動に身を震わせていて気づけなかったけど、真っ暗闇の廃ホテルはさすがの俺でも怖すぎる。


「ア、アル............落ち着いた? えっと、その、あたし、あんまりホラーって得意じゃないんだよね。だから、さ、そろそろ帰ろ......?」



 いつもはここまで暗くなる前には退散してたが、今日はすでに手遅れ。


 廃墟には不良がたまるとも聞いたことがあるし、幽霊なんかよりも人間のほうが怖いってのは、俺が最近身を持って知ったことだ。今のところまだ遭遇はしてないけど、今日出会わないとは限らない。時間も時間だし。


 俺の命なんて軽くてどうでもいいけど、こんな俺に暖かさをくれた雅を危険な目に合わせるわけにはいかない。


「あ、あぁ、そうだな。悪かった。ちゃんと家まで無事に送り届けるから。雅だけは、何があっても必ず無事に送り届けるよ」


「ふふっ、さっきまでわんわん泣いてたのに急にかっこいいこと言っちゃって。でも、頼りにしてるね」


「あぁ、俺、マジで生きる希望を失ってたんだ。けど、今日雅に希望をもらった。命の恩人なんだ。だからその恩を返すためにも雅のこと守るよ」


「あははっ。そっか、そんなに大きく捉えてくれたんだ。それじゃあ、あたしのこと、守ってね?」


「任せてくれ」





 かなり近い距離にいるけど、辺り一面暗闇のせいであんまりよく雅の表情は見えない。

 雅が笑顔なことはわかるけど、この場所の雰囲気のせいもあるのか、まるで口元が三日月みたいに異常に曲がった不気味な笑みをしているかのように見えてしまった。


 こんなに人間的に素晴らしい女の子が、そんなヤバい表情、するわけがないというのに。



*****



 それから、雅は家に居づらいという俺の状況を聞いて、自分の家に泊めてくれるようになった。


 雅の家は大家族。父1人に母親が5人、姉が5人と兄が1人、妹が3人と弟が1人でものすごい家に住んでいる。

 家、というか、巨大なマンションをまるごと所有している。


 家族構成も、そもそも特殊気味なこの街の中でもさらに特殊。5人の母たち全員が、父である御霊知火牙みたまちかげさんの法律上の正式な妻でもある。

 しかもそれを全員が甘んじて受け入れていて、その子どもたちも含めて仲良く過ごしているというのだから、御霊知火牙氏の類まれな人望の厚さが伺える。


 そこから伺える徳の高さの通り、彼は俺のことを快く受け入れてくれて、俺の家族にも適当に話をつけてくれたらしい。

 そうして俺は彼のもつマンションの1部屋を間借りするという形で住まわせてもらえることになった。


 それだけでも十分に雅と彼女の家族に感謝するところなのに、雅はさらに毎日のように料理を作りに来てくれたり、学校でも俺を隔離して過ごしやすいように手配してくれたりと、返すべき恩を着実に積み重ねてくれた。






 それから半年が経つ頃には、周囲からの直接的な攻撃も下火になり、決して過ごしやすいとはいえないものの、同級生たちはみんな受験シーズンに突入し、俺の周囲は大炎上時に比べてかなりマシになっていた。


 そして、周囲の炎上が収まるのに比例して、雅への俺の恋心は逆に炎上していた。


 そりゃあそうだろう。

 文字通り命を、俺の精神を救ってくれて、家族にすら見捨てられた俺を唯一救ってくれた女神みたいな女性。いや、みたいなじゃないか、俺にとってはまさしく女神の彼女に好意を抱かないわけがないじゃないか。


 俺の心はすっかり彼女にほだされきっている。

 なんなら、こんなクソみたいな世界で未だに生きていられるのも、頑張って勉強して彼女と同じ大学に進学してたいという気持ちが支えになってくれてるのが大きかった。


 雅が目指している常闇大学はなかなかの難易度だ。雅のお姉さんもお兄さんも通っており、なんならお父さんやお母さんたちの一部も通っていたというこの辺りで一番の大学。


 俺の方はあの事件以来まともに勉強が手につかなくて一時的に成績が一気に悪くなったものの、高校3年の7月頃には学力的にも十分に射程圏内に入るくらいには戻せていた。


 時々、雅と部屋で晩御飯を食べたあと、夕方から次の朝にかけて尋常じゃないほどの眠気に襲われて、雅が帰るのも見送らずに眠らせてもらうってこともあったくらい、必死に勉強していた。


 夢の中では何度も雅とヤることをヤッた。目が覚めたときには少し憂鬱になる。そんな毎日。


 無事に大学に受かった暁には雅に告白しようと決め、それを動力源として日々勉強に邁進していたのもある。


 そんな状況が続いてさらに数ヶ月がたち、外気がやや肌寒くなってきた頃、廊下を歩く女子たちが話している声が聞こえてきた。













 御霊雅みたまみやびに大学生の彼氏ができたらしい、と。

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