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 モフモフ野郎の妻の一日は早い。

 まだ早朝というべき時間帯、吐く息が白い冬の日でも、彼は祖母から譲り受けたはんてんを羽織って、台所に立つ。

 すべては、朝ごはんしか食べない「モフモフ野郎」のため。夫に「美味しい」と言ってもらうため。

 健気な妻は、今日も台所に立って炊飯器のふたを開ける。

 もわりと立ちあがる白い煙。ツヤツヤに炊き上がったごはんを気が済むまで眺めたあと、その半分をボウルに移し、小さじ1杯分のごま油をまわしかける。

 そのあとは、しゃもじでさっくりと。気が向いたら、いりごまや千切りにした紫蘇の葉を加えて混ぜ合わせる。

 モフモフ野郎は、おにぎりが好きだ。

 特に「ツナマヨ」が大好きだ。

 というわけで、次は具材。お椀に、油を切ったツナをいれる。ボウルではなくお椀なのは、少しでも洗い物を減らすため。このお椀には、使い終わったあと、自分用の味噌汁をいれる予定だ。

 ちなみに、ツナとマヨネーズの量は特に決まっていない。いつも目分量。なので、その日によって味が違う。たまにカレー粉やみじん切りにしたタマネギが入ることもあるけれど、モフモフ野郎は「ツナ+マヨネーズ」のシンプルなものが好きらしい。

 ごはんが適温になったところで、妻はおにぎりを握りはじめる。

 ちなみに、妻の名前はわかかな

 モフモフ野郎の名前は、おおみこと

 ふたりは高校時代の野球部仲間で、ともに投手としてエースの座を競い合った仲だったが、今はどちらも野球をやめ、ひとりは大学生として、もうひとりは「尻尾が生えた神様」として、日々楽しく暮らしている。

 やがて、台所の引き戸が開き、眠たげなモフモフ野郎が顔を出す。


「おはよう」

「おお、起きたか」


 モフモフ野郎ことおおみことは、当たり前のように妻に近づくと、これまた当たり前のように背後から彼を抱きしめる。


「おい、邪魔」

「そう言うな」

「でも、邪魔なんだって。ていうか何してんだよ」

「──暖を取っている」

「嘘つけ。お前、寒さは感じないはずだろ」


 神様なんだし、と若井はつっこむが、大賀は首筋に顔を埋めたまま離れようとしない。若井の抗議が聞こえなかったのか、それとも「聞こえないふり」を決めこんでいるのか。それこそ「神のみぞ知る」だが、とにかくモフモフ野郎が離れてくれないので、妻はあきらめて、重たい荷物を背負ったまま朝食作りに励むことになる。

 まずは、おにぎり。

 それから、電子レンジで作った厚焼き玉子。

 他にポテトサラダと味噌汁も出す予定だが、ポテトサラダは昨日スーパーのお惣菜コーナーで買った見切り品、味噌汁はインスタントだ。


「なあ、今日の味噌汁、わかめとキノコ、どっちがいい?」

「どちらでも構わん」

「じゃあ、わかめな。たしかとうふも残っていたし」


 冷蔵庫から出せ、と顎でしゃくるも、大賀は若井にくっついたまま離れない。


「──おい、メシ抜きにするぞ」

「それは困る」

「だったら働け。とうふくらい出せ」


 ついでに脇腹をつねってやると、ようやく大賀は背中から離れてくれた。

 まったく──困った旦那だ。

 あきれたようにため息をつく若井だけど、本音は「背中がスースーして寒いな」なんて思っていたりする。そんなこと、教えてはやらないけれど。また、重たい身体を背負うことになりそうだし。

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