3話 赤い髪の彼女は、僕に世界の秘密を教えた。
自宅のマンションに着き、エレベーターの前に立ち、『↑』ボタンを押した。古いボタンで、人間の脇腹にぶにっと指を突き立てるみたいだった。
僕はエレベーターが苦手だ。まず、単純に息苦しくて、埃くさいカーペットみたいな壁を見ているだけでせきこみそうだ。エレベーターに乗る誰もが、扉の上の階数表示をながめ出すのも気味が悪い。と思っているのに、なぜかそうしてしまう自分も含めて嫌になる。
なにより、誰かと乗り合わせるのがたまらなく嫌だった。息を一つするのにも、プレッシャーを感じた。だからといって、僕の家のある六階まで階段を昇るのもつらい。
人と一緒になりそうなときは見送り、だれかと乗るのは必ず避けるようにしていた。
電灯が切れかかり、ちかちかとするエントランス。気持ちがおちつかない。
僕はおりてきたエレベーターに、誰もこないうちにと急いでに乗り込んだ。
六階を押し、扉が閉まる寸前、足音が近づいてきた。僕は気づかないふりをして、『閉』ボタンを押す。
だが。
「……!」
閉まりかけたドアの隙間に、靴がガっと割り込み、扉は開いてしまう。
ぱっと、赤茶けた髪が視界に飛び込んだ。セーラー服を着た女の人だった。すごく美人だけど、目がつってて冷たい表情をしていた。
彼女は僕に一瞬目をやり、すぐに階数ボタンに視線を移した。でも、ボタンは押さずに、そのまま『閉』を押した。
同じ階?
こんな髪の色の人がいるなら、一度くらいは見たことがあってもよさそうだけど。
いや、この人が誰だっていい。
彼女が不機嫌そうに腕を組んでいる姿を見て、僕は思わず「……あ、ごめん、なさい」と小さな声で謝る。
そのとき、顔を伏せ、目は合わせないようにした。足元はふつうのローファーだったが、かなり背が高いようで、腰の位置が僕の胸くらいにあった。
彼女は返事をしなかった。彼女は階数表示を見ない。数秒黙ったあと、急にこちらに振り返った。僕は不意を突かれ、完全に目が合ってしまった。
「あ、あの……」
謝る必要もないかもしれないけど、とっさに「ごめんなさい」以外の言葉が浮かばない。
彼女は、妙に澄んだ、野生の動物みたいな瞳で僕の目をじっと見ると――。
「私と君以外、全員ゾンビなんだって知ってた?」
そう、僕に言った。
世界の秘密を、僕だけにこっそり教えるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます