ジェネリック・ゾンビ

肯界隈

1話 テキオー灯がほしい

 ――テキオー灯がほしい。

 僕は七夕の短冊に、小さな文字でそう書いた。

『テキオー灯』は、『ドラえもん』に出てくる懐中電灯みたいな形のひみつ道具だ。

 光を浴びると、どんな場所にだって適応できるようになるという。

 そう、海の底や宇宙でだって、息ができてしまうのだ。

 そんな道具があれば、僕も……。

「はい、じゃあ校門に短冊をつるしにいきましょう!」

 担任の一言で、五年二組のクラスメイトたちがいっせいに教室を飛び出ていく。隣の教室からも、生徒の大声が飛びかい、廊下を走る音が聞こえた。

 窓から見える校門の脇に、静かに葉をゆらす、七夕用の大きな笹が立てられていた。

 空は曇っていた。

 雲があると願い事が叶わないかもしれない—―なんて本気で思ったけど、空にいる誰かが僕のことを助けてくれるなんて思えなかった。

 僕がのろのろと立ち上がろうとすると、気づけば三人の男子に囲まれていた。

 林田、小川、海野、名前以外は何も知らない。

 三人は、「うぉい」とか「えぁい」とか、意味のない言葉を僕にはきかけて、短冊をうばい取った。

「テキオー灯? なんだっけ、これ?」

 と、林田が残りのふたりに声をかけた。グラウンドでスライディングでもしたのか、さっきまで土にでも埋まっていたのか、土のにおいがムッとした。

「あれじゃん、ドラえもんの道具」と小川。

 海野はうすら笑いを浮かべるだけ。

「あー……じゃあ、ものまねしてみ?」

 林田は僕に対し、得意げに鼻をふくらませた。

 ドラえもんのものまね?

 どうして?

 と反応できずにいると、林田が僕の短冊を破り始めた。

「!」

「お前のねがいごとなんか、誰もきかねぇよ」

「あ……」

 僕は取り返そうと林田へ手を伸ばすも、逆らってはいけないと思って引っ込めた。

「なんだよ?」

 林田は僕の短冊を床に捨て、ふみつけた。

「……」

「言いたいことがあるならはっきり言ってみろよ!」と、小川が僕にどなりつけた。

 言いたいこと?

 僕は、一体何を望んでいるんだろう?

「あ、あ、」

 言葉が出ない。

 緊張して、怖いって気持ちが強くなると、僕は声が出なくなる。

 短い息だけがもれた。自分でも気持ち悪いと思った。もちろん、こんなときじゃなければ、ふつうにしゃべること自体はできる。

 でも、何か言わなきゃ、こいつらを怒らせないように謝らなきゃ(……何を?)、と思うと余計に声が出なかった。

「でた、カオナシ」

 カオナシ。ジブリの『千と千尋の神隠し』にでてくる、おめんみたいな顔のキャラクター。僕と同じように、「あ、あ」と息を漏らす……。

「一周回ってきもいわ」

「むしろエグくね?」

 口ぐちに言われ、くやしくて仕方がなかった。けど、ちゃんとした反論はできなかった。

「こら、五年二組に誰か残ってるな!」とグラウンドから先生の声が聞こえた。

 それを聞き、林田たちは「あー、いくかぁ」とかったるそうに顔を見合わせた。

 林田は僕の短冊のかけらを拾い上げ、僕のあごを乱暴に掴む。そして、短冊だったものを僕の口に無理やりつめ込んできた。

「!」

 舌に鋭い痛みが走る。

 短冊をくくりつけるための針金(パンの袋を留める「ねじねじ」)が刺さったのだ。

 血とジャリの味が混ざり、おえっとなる。だが、僕はそれをはき出せなかった。

 そんなことをしたら、もっとひどい目にあう。

 向こうのやりたいようにやらせるのがいちばん早く終わる、そう信じていた。

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