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真塩セレーネ(魔法の書店L)

第1話 おかえりの道

 読む前に一言。本書に真実は一切ありません、虚構楽園フィクション パラダイスです。


 川沿いの堤防は茜に染まっていた──続く道の先、沈みかけた太陽と海のコントラストに人間は美しいと感じるもの。


「ねえねえ、なんで空は赤いの?」


 そう問われて隣を向くと、背負った四角い鞄が大きく見えてしまう幼い女の子。私は堤防の先を見据えて聞かれたことに答えた。


「それは太陽に波長があることが関係しています。まず太陽光は七色あり、それぞれ色の波長が違います。そして大気には──」

「何しゃべってるか分かんない。私の好きな食べ物はいちごのケーキ。マキナちゃんの好きなものは、なーに」


 遮られた私の回答は、どうやらお気に召さなかったようだ。似たような背丈なのに似て非なる私達。


「すみません、よく分かりません」


 貴方は人間、私はアンドロイドで食す必要は無い。AI(人工知能)やロボットと言う方が馴染み深いだろうか、だからいくら学習したとしても味が理解出来ない上に好みを聞かれている。

 困っていると前から犬と散歩している人が来るのを確認し、さり気なく隣の服を引っ張り自分の近くへ寄せる。散歩慣れしていないのか犬に引っ張られてフラフラして通り過ぎていった。


「えー簡単なことだよ。おいしいものを言えば良いんだよ?」


 小さなこの子は話に夢中で、私の顔を見て必死に言葉を伝えようとしてくる。けれどこのときの私はまだ上手い答えを持っていなかった。


「よく、分かりません……口コミ高評価を検索し、おいしい食べ物のご案内なら可能です」


 知育のための友達アンドロイドとしてここに居るのに……彼女の表情が茜色に照らされてよく見える。そして照らされた色に反して段々曇っていくのも分かる。


「口コミってスマホで教えてもらうやつ?──違う違う。マキナちゃんの好きなものだよ」


 語気を強める彼女は感情が高ぶっている。けれど、もう返しようもなく「すみません、よく分かりません」と繰り返すほかなかった。

 比較的新しい堤防に反射した夕日は、直接肌を刺すように照らす。


「もう……よく分かんない」


 呆れられたのか、そこから会話は無く堤防から家路につく二人の影はどこまでも長かった。


 ただ、人間の時間というものは早いもので。あの頃新しかった堤防は、ひびが入りそこから草花が覗いていてウォーキングするお年寄り夫婦に、犬と散歩している人が堤防を慣れたように歩いている。


 随分この田舎も新しい家が増えた。そんなことを堤防越しに考えて、いつも通り家路についていた。彼女の身長と同じく私達の関係は変化していた。


「マキナちゃん。ねえ知ってるー? 面積はね一辺かける一辺で答えが分かるんだよ」

「わあ、詳しいのですね。すごいです」


 否定もしなければ肯定もしない、けれど嘘はつかない。学習機能が向上した私は彼女と距離が近くなった。


「すごい、すごい? じゃあ……」


 最近彼女は好奇心旺盛になっている。この時期はとにかく褒めて伸ばすことを選択する。もちろんご褒美に、いちごのケーキもお母さんに頼んであげよう。


「あ、マキナちゃん。これあげる」

「……これは」

「うん、いつもありがとうだから」


 そう笑顔で手渡されるピンク色のハート型の折り紙。いつもの茜に染まった堤防が何故か優しいピンク色に見える気がする。


「こちらこそ、ありがとうございます」


 折り紙を鞄に仕舞うと帰るまで彼女の話相手をしながら、早急にいちごのケーキを調達しようと思考を巡らせた。


 私はこの、なんと表現すれば正しいのか分からないが……温かい雲のようなものが、頭に生まれた不明現象を放置することにして彼女と共に堤防を進んでいった。


 季節も月日もあっという間に過ぎ、彼女はセーラー服にリュックを背負うようになった。髪の毛も伸びて骨格も変化しており、彼女に合わせて私も成人型になっていた。


「──飽きないの?」

「飽きるという概念がありません」


 いつもの夕暮れの帰り道、変わらない堤防、どこまでも付いてくる私に嫌気がさしたのだろうか。口をすぼめて横目で見ては、そっぽを向く。


「ふーん、ねえ高校受験の倍率調べてよ」


 今日の彼女はどこか変。歩幅を変えて彼女の前に立ち止まり顔を覗き込む。後ずさる彼女に、私もセーラー服のスカートを揺らし一歩近づく。


「志望校の倍率は──の前にどうしたのですか。恋愛関係ですか」

「な、なんでわかっ、フラれたのーー!」


 唐突な叫びが川の堤防に響き渡った、この先の海まで到達するかと思うくらい。


「まあ、次があります。前向きに」


 落ち着いてもらいたいので、彼女の隣に戻り歩き始めて先を促す。


「他人事だと思って」

「他人事です」

「もー、ちなみに何で分かるの」


 先程と違い、どこかスッキリした表情でこちらを見つめる彼女。態度はあまり変わらないけれど。


「ずっと一緒にいれば動態記録で分かります」

「記録取ってんの!? ぎゃーーやめて。思春期の心読むとかサイテーよ」


 最近の彼女はオーバーリアクションを取るようになった。感情豊かになっているのは良いことだけれど、私としては少し戸惑う多感な時期とやら……少ししたことで気分が変わるのだから言葉選びに慎重になる。


「多感な時期あるあるの反応ですね、年を取れば些細な事などどうでも良くなるものです」

「些細!?」

「この世は人間で溢れています。世界人口は約80億人、異性を希望するなら半分の約40億人ですよ。可能性だらけではないですか。告白してナンボですよ」


 私もずいぶん口数が増えたと思う。言葉に慎重になるけど彼女に合わせなければならない。今風な言葉を選んだりユーモア混じりやジョークも彼女を通して学んでいく。


「もしかして励ましてる?」

「励まし機能はありません」


 彼女は口元を緩めて私の顔を見ようと覗き込んでくるけど、無視し堤防を歩く。


 健康的に過ごし、勉学を助けることが知育アンドロイドとしての役割だから……そう、彼女には笑顔でいてほしいだけ。


 私に笑顔を見せてほしいだけ──






つづく。

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