十五話
彼は、私がどう冷たいの? 例えばどういうところが? といった類の質問は一切してこない。その代わり、
「俺もだよ。俺も、冷たい人だ」
と、自嘲的な笑みを浮かべて言ったのだった。
「そうかしら。どうしてそう思うの?」
私は訊いた。私は彼を、心の優しい人だと思っていたから。
「例の小学校の頃の友達のことなんだけど。夜に電話がかかって来るようになったんだ・・・」
彼が、その理由を静かに語り始めた。
「次第に自覚した不安に慣れ始めてきた頃だ。京子と付き合うちょっと前の話。その頃は、何とか一人で家に居られるようになってた。前に聞いた時は、会社の先輩が少しキツく当たってくる。その程度だって、その子は言ってた」
因みにその子は短大卒だから、一足早く社会人になってたんだ。と、彼は話の途中で補足した。
「だから私は、その女の先輩のことが嫌なんです、って部長に言ってやったの。そんな風に笑いながら話してただけなんだ。
ところがある日の夜、その小学校の友達が電話をしてきたんだけどさ、彼女、泣いてるんだよ。俺、ビックリしちゃってさ。どうしたん? って訊いたんだ。
『先輩が、嫌だ』
鼻をすすりながら、その子は言った。それから俺は、ずっとその子の愚痴を聞いてやった。俺もシンドかった時に救ってもらった恩があるからね。今度は、俺が多少なりとも力になってやんなきゃ。その時は純粋にそう思ったんだ。
一通り話し終えると、その子は落ち着きを取り戻したらしく、
『今日はごめんね。もう大丈夫』
って言った。それから、
『あ、ごめんねじゃなくて、ありがとうだったね。私が君に教えたのにね。ところで、君はもう大丈夫なの? 辛くなったら、いつでも私に言うんだよ』
って。同い年なのに上から目線だな。白状するけど、正直そう思ってしまった。でもまあ、そんなことは些細な事だ」
彼の右手が、また少し冷たくなってきた。
「それから二、三日後の夜のことだ。また、その子から電話がかかってきた。あまり出たくないな。この時、俺はこう思ってしまったことを、素直に認めなければならないね。電話に出ると、彼女、また鼻をすすってた。
『先輩が、いじめるの。あの人大っ嫌い。私は何も悪くないのに』
今度はこの言葉から始まった。でも俺は、その子の話、全部聞いたよ。そして、俺なりに励ました。これは恩返しだ。そう自分に言い聞かせながらね。その日も何とか無事に電話は終わった。彼女はその時も、もう大丈夫って言ってた。
それから一週間くらい経ってからかな。俺が風呂から上がって、携帯の着信履歴を見ると、不在着信が三件くらい入ってた。全部、その友達からだった。
一応、かけ直したよ。あまり気が進まなかったけど。すると直ぐに電話に出たその子は、
『眠れないよ』
って言った。泣きながら、ね。そして、
『薬の副作用が・・・辛い』
とも。
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