八話

 その公園は、と彼が続ける。

「小学生の頃、何回か遊んだことのある場所だったんだ。俺はベンチに腰かけると、おにぎりを食べた。正直あまり、食べたくなかったけれど。

 お茶を飲んで無理やり押し込んだ。次はお稲荷さんを食べよう。そう自分に言い聞かせていると、小学校の友達が公園に入って来た。その子は黙って俺の隣に腰かけると、じっと俺のことを見つめてきた。

 その時は大丈夫? とか、そういった言葉は一切かけてこなかった。ただ、黙って俺のことを見つめてた。心配そうに、ね。

 俺が、じゃあ頑張ってお稲荷さん食べまーす。って冗談ぽく言うと、その子は俺の髪の毛を優しく撫でてきたんだ。普通の俺なら、有り得ないって思うハズなんだけど、その時の俺は黙ってそれを受け入れ、何事もないかのようにお稲荷さんを頬張ったよ」



 一年以上も前の事なのに、よくここまで鮮明に覚えているものだ。私は思った。

 そして少し間の後、彼が再び語り始める。


「俺が食い終わっても、その小学校の頃の友達は、ずっと俺の髪の毛を触ってた。しばらく、お互い沈黙の時間が続いたよ。

『一体何なんだろう? コレ・・・。治るのかな?』

俺が先に喋った。そしたら、相手は

『治るよ。この前も言ったけど、これはあなたにとっての試練なんだよ』

って。正直、それを聞いてちょっと安心した。それからしばらく、取りとめのない話をしてた。そのうち、今日はもう大丈夫。そう思い始めてきた。そう思ったから、

『今日はありがとう。そろそろ帰るわ』

って言ったんだ。するとその子は、

『本当? もう、いいの?』

と、より心配そうに俺を見つめてきた。

『うん、今日はマジでもう大丈夫っぽい、サンキュ』

礼を伝えてから、俺は立ちあがったよ」



 ひんやりとした風が、私と彼の頬を、撫でていった。土手の下では少年野球チームが試合をしている。男の子達の元気な声が、大きく響き渡っていた。

 午後の陽ざしのおかげで、グラウンドはほとんど乾いているようだった。まだ少し泥が濘んでいる地面もあるようだけれど、そんなのはお構いなしだ。川下からはボートがやって来た。すごいスピードで川を上っていく。ボートの後には、川岸に向かってユラユラと小さな波が押し寄せた。



 ユラユラ。ユラユラ。



「家に着くと、若干の緊張感が俺を包んでいた。居ても立ってもいられないようなシンドさはなかったけど、何もやる気が起きなくて部屋でボンヤリとしてた。

 ふと、俺の好きなロックバンドのブルーレイが目に入った。ミュージックビデオね。暇つぶしに観てみるか、俺は思った。あまり気分が回復する訳じゃないって、そう思いながらもね」

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