七話

 私は、彼の話に耳を傾けていた。彼の気持ちを出来るだけ理解したかったし、寄り添ってあげたかった。私の左手と、太陽の光は眩しくて暖かったけれども、彼の手は、冷たいままだった。

 私は彼の右手をギュッと握りしめた。


「その日の夜は、小学校時代の友達に電話したんだ。それで俺の心の内を明かしてみたんだ。そしたらその子は言ってた。これは君に与えられた試練だよ、って。

 皮肉にも、俺は不安を自覚するようになったことで、自分が心に思う悩みや不安感といった感情を、他の人に聞いてもらうことの重要性を学んだ。その小学校の友達に話を聞いてもらって、不安と緊張が和らいだ。けど、その日は前の日みたいに、完全にではなかったけどね。おかげでその日も何とか眠ることができた。


 翌日からは、躁の状態と鬱の状態が繰り返されるようになった。特に夜はヤバかった。絶対に一人で家に居たくなかったから、用もないのにわざと遅くまで塾に残ってたり、友達と飯を食いに行ってたりしてたな。不思議なことに、友達と一緒に居る時は食欲も湧いたし。家に帰ったら後は寝るだけ。そんな日が一週間くらい続いた」



 去年の夏の事を思い出す。言われてみると、彼はよく遅くまで塾に残ってたっけ。彼は、いつも通りで、特に変わったところは見受けられなかった。少なくとも私の目には、そう見えていた。

「誰かと話していると良い意味で気が紛れる。ところが一人になると、どうもね・・・」

「あたしも、その気持ち分かるかも」

そう言ってから少し、俯いた。


「ある日、塾のバイトが七時くらいに終わって、家に帰ることになった。本当はあまり帰りたくなかったけど。仲の良い先生は、皆まだ授業があったし、夜飯を一緒に食えそうもなかったしね。

 一人で電車に乗ってると、やがて鬱の時間が訪れた。得体の知れない不安感に襲われ、常に緊張が続くような時間帯、っていう表現がいいかな。

 食欲がない。でも、何か食べなきゃ駄目だ。そう思った俺は、地元の駅に着くと、駅近くのコンビニでおにぎりとお稲荷さんを買ったよ。その日も、母親には夕飯は要らないって伝えといた。買った弁当の袋をチャリの籠に入れ、俺はコンビニを出発した。チャリをこぎながら、俺は例の小学校の友達に電話したんだ。今から会えないかって。

 大丈夫って言うから、その子の住んでるマンションの下にある公園に来てもらうように伝えた。俺はチャリンコを公園の入り口に停めて、中に入った。遊具は砂場とブランコしかない、小さな公園だった」

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