第三章
一話
朝は雨が降っていて気温も低かったけれど、午後になって天気は回復した。雲の合間から陽が差し込み始め、次第に気温も上がってきた。
「晴れて良かったね」
私が彼に、微笑みかける。
「うん」
彼は、空を見上げていた。その横顔は、どこか緊張しているようにも見える。重い雲が散り始め、その隙間から太陽の光が降り注ぐ。湿度も徐々に下がり、とても爽やかな陽気となった。私と彼は、江戸川の土手を並んで歩いている。アスファルトの地面は既に乾いていた。
「手、繋いでも良い?」
彼が、訊く。
「いいよ」
私が彼に、左手を差し出す。久しぶりに彼と手を繋いだ。彼の右手は、少し冷たかった。
「あたしに、話があるんでしょ?」
私は隣の彼に顔を向ける。
「ああ、うん。少し長くなっちゃうけど、良い?」
対して彼は、真っ直ぐ前を向いていた。
「それは構わないけど。・・・無理してない?」
大丈夫。彼が自身も落ち着かせるように、静かに呟く。
「京子には聞いてもらいたいんだ。そして、知ってもらいたい」
俺の脆くて繊細な部分を。そう言った彼の右手は、より冷たくなったように感じられた。
「うん。分かった」
彼は、前を向いたまま静かに話し始めた。
彼の告白が始まる。
「他の人から見て、俺はちょっと変わってるんだと思う。例えばさ、ある人が入学試験を受けに、受験会場に行くよね。普通の人だったら試験が始まる直前とか、始まってからの方が緊張すると思うんだ。それがその人にとって重要
で、失敗が許されないなら、尚更ね」
一旦の一呼吸。
「けど、俺の場合は違う。俺の場合、試験が始まっても緊張なんてしない。むしろほっとしているくらいなんだ。時間に遅れることなく、試験会場に辿りつけたことでね。俺は、ちゃんと会場に時間通り迷わずに辿り着けるかどうか、そっちの方が気になって緊張しちゃうんだ。・・・ね?ちょっと変わってるっしょ?」
彼が、私に何かしらの反応を求める。
「ちょっと変わってるかも」
私は彼に、微笑みかけた。
「人は誰しも、少なからず心に不安を抱いて生きている。俺にとってのそれは、少し特殊なものなのかも知れない。俺は、不安というものについて、よく考えるようになった。勿論それは、自分が一度抱いた不安を払拭しにくい体質であることを自覚するようになったからなんだ」
彼の手が、少し汗ばんできた。でも、手は冷たいまま。私は、彼が勇気を出して語ろうとしてくれる事について、静かに耳を傾け、確りと受けとめようと思った。
「どこから話せば良いか・・・」
再び一呼吸を置いてから、彼が、続ける。
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