六話
翌日、私は大学の学生食堂でお昼ご飯を食べていた。すると、
「あれ、京子じゃん。久しぶり」
と、手を振りながらトモミがテーブルに近づいてきた。
「久しぶり」
私も笑顔で応じる。
「ここ座っても良い?」
「良いよ」
目の前の席をトモミに勧めた。敢えてお昼休みの時間を外したので、学食の中は空いている。
彼女は髪の毛をバッサリと切っており、かなり短くなっていた。ボブスタイルと言うのが一番分かりやすい。右前方に二十人くらいの団体が居た。
サークルか何かの集まりだろうか。学食の窓から学校構内の中庭が見える。そこでボールを蹴って遊んでいる男の子達がいた。きっと講義の空き時間に違いない。それとも講義をサボっているか。
「これからゼミ?」
トモミが訊く。
「そうなの」
「理系学生は大変だ。就職活動が終わってもまだ研究が残ってるもんね」
トモミが憐れむような顔を作ってみせる。
「うん。もはやこれはあたしの、いや、理系学生の宿命だね」
私は大げさに言ってみせた。
「まだ時間は大丈夫?」
「大丈夫だよ。ゼミの準備済ませて来ちゃってるし」
それからトモミと私は、簡単にお互いの近況報告を行った。就活はどうだったとか、どこの企業に就職が決まったとか、最初の方は事務的な内容が多かった。ふと気がつくと、外でボールを蹴っていた男の子達の姿は、いつの間にか消えているのだった。
「ねえねえ、彼とは最近どうなのよ?」
トモミが好奇の目を向けてくる。
「うん、順調だよ」
「そうじゃなくて、あっちの方はどうなの?」
「あっち?」
トモミの言いたいことは何となく分かっていたけれど、ワザととぼけることにした。
「もう、じれったいわね。つまり、どこまでいったのさ?」
トモミは本当にじれったそうな表情だった。
「キスは、してるけど」
正直に答える方が無難だと判断した結果、私は口をすぼめるような演技をしてみた。これに上目づかいにトモミを見る、というのも付け加えておいた。
「えっ、まだチュー止まりかいな」
明らかに残念そうな口調だ。
「だってさ、付き合ってもう、一年近く経つんでしょ?」
「うん」
「何も求めてこないの? 京子の彼」
「いや、そんなことはないと思う。・・・多分」
トモミがじっと私の瞳を見つめる。
「はは~ん」
何かを悟ったようだ。周りに誰も居ないことを確認して、トモミが顔を近づけてくる。
「いい、京子。そりゃ私も最初は怖かったさ。痛かったしね」
「あのう、まだお昼なんですけど」
「ところがさ、これが慣れてくるとクセになるっていうか」
私の忠告おかまいなしにトモミが喋り続ける。
「相手が抜群の相性だとさ、もう一生これやってたい、って思うだよ」
「ふふふ」
間髪入れずに私は笑った。
「今笑うとこあった?」
トモミの不思議そうな顔が私の目に映る。
「思うだよ、って何だか可笑しくて」
最近よく笑うな、私。
「相変わらず笑いのツボがずれてんなー」
トモミも笑い出した。私達の右前方に居た集団もいつの間にか消えている。
「ごめんごめん。で、なんだっけ?」
「つまりさ、あんまし拒んでると彼に愛想つかされちゃうよ、ってことよ。もっと隙を作ったげな」
「拒んでるわけではないけど。まあ、そうだよね」
我ながらまるで他人事のような言い方だったな、と思った。私はトモミから視線を逸らし、再び窓の外をぼんやりと眺める。男の子と女の子が、中庭のベンチに腰かけようとしているところだった。二人とも表情がとても明るい。
「男の子は皆単純だからさ、指や唇だけでもすごい喜ぶって」
「あっはははは」
「京子は嫌なの? 彼との、そういうこと」
「ううん、嫌じゃない」
努めて自然に言った。でも、嫌じゃない、というのは嘘じゃない。
「ふ~ん。でも、なあんか男の子に興味ないっていうかさ。あのトシユキともすぐに別れちゃったしさ」
トモミはどこか腑に落ちなさそうだ。
「ああ・・・、トシユキ。元気にしてるかな」
独り言のように私が言う。
「全く、サークルで一番のイケメンだったあいつと別れるなんて、ホントどうかしてるよ」
「そうね。普通は、そうかもね」
「美男美女ってのは相性がわるいのかねえ」
トモミはそう言うと、汲んで来たお茶を一口すすった。
「あたしは決して美女なんかじゃありませーん」
苦笑いを浮かべて応じる。
「いいッス、いいッス。謙遜なんかしなくても。ま、でもある意味世の中、平等っちゃ平等よね」
「それはそれは」
私は受け流しの態勢を整えた。
「すっぴんでさえ超美人な京子様が、お化粧なんかされて色気付かれでもしたら反則だわ」
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