ビースト・テイル - 呪われし獣と、氷の魔女 -

創也 慎介

プロローグ

 瓦礫を押しのけ顔を上げると、目の前に広がっているのは白銀の世界だった。


 煉瓦れんが造りの鮮やかな色彩の街並みは、白一色に覆いつくされ、静止している。


 砕け散った家屋と、逃げ惑う人々。


 その全てが凍てつき、一瞬を切り取られて停止していた。


 変貌してしまった“生まれ故郷”の姿に唖然あぜんとしながらも、肉体に覆いかぶさった建材を払い、腕の力だけで這い出る。


 石畳を覆いつくすしもに、傷口の血が鮮やかな朱を残した。


 必死に繰り返す呼吸が白く染まり、空間に溶けていく。


 わなわなと震える大きな瞳で、目の前に転がる、“それ”を見つめた。


 小さな体がきしもうとも、肉が内側から焼けるように痛もうとも、まるで気にならない。


 すぐ目の前に転がる“それら”に、感覚が研ぎ澄まされ、加速する。


 砕け散り、無残に散らばった白い塊。


 石膏像のように黙して動かない、美しい姿。


 目と口を開き、ただ唖然あぜんとした形で、無慈悲に横たわる愛しき姿。


 “彼ら”の名を、無意識に呼んでいた。


 だが決して、答えは返ってこない。


 父と母と姉――ばらばらになり転がるそのむくろに、思考が追い付かない。


 蹂躙じゅうりんされた家族と街、故郷のその上空に、ふわりと舞う姿があった。


 氷の世界を生み出した“彼女”は、翼も持たずに浮き上がったまま、眼下の景色を流し見ている。


 笑っていた――ただただ愉悦にひたり、声も上げず。


 彼女はひとしきり満足したのか、空を蹴ってその場を飛び去る。


 小さくなっていくその姿を、残された小さな影はただ這いつくばったまま、見送ることしかできない。


 壊され、奪われた町に“雪”が降る。


 ふわふわと舞う結晶の中で一人、全てが失われたという当たり前の事実にむせび泣く。


 小さな口から放たれたありったけの悲鳴が、透き通った空気の中にどこまでも響き渡った。

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