第93話 知恵のある魔物
誰かを傷つけたくない。争いは何も生まない。暴力は野蛮だ。
そんな平和な現代日本での価値観を俺は決して嫌いではない。
何故ならそういう考えが普通であるからこそ基本的には平和な生活が維持されており、多くの人間が危険の少ない日常を送ることができるのだから。
それにそもそもそういう平和が嫌なら俺は異世界から元の世界に戻ろうと思わなかっただろう。
だから俺はその考えや価値観自体は決して否定はしない。
また俺自身も他者と争うことを好んでなどいない。
向き不向きはともかくだ。
だけど残念なことに現実問題としてそんな甘いことを言っていられない状況というものは存在する。
それこそまさに今の世界こそそれに当て嵌まるというもの。
(まったく、こっちは平和な日常を送りたいだけだってのによ)
それを許してくれない自分の人生に文句を言いたくなるのも無理はないだろう。
しかも異世界に飛ばされた一回だけでなく、戻ってきてからおかわりまであるとか運命を司る神は余程俺の事が嫌いか、あるいは理不尽極まり存在なのではないかと思うほどである。
もっともその神のような存在が攻め込まれているような現状を思えば、そういう存在からしてもこれは望んでいたことではないだろうが。
その望んでいた平和を崩壊させた魔物の一種であるハーピー。
奴らは自衛隊の交渉を終えた後にどこかへと飛び立っていった。
それを俺は気付かれないように追跡している。
超聴覚や超嗅覚を駆使すれば相手から距離を取ったままその後を追うことは十分に可能だからだ。
(この方角だとダンジョンに向かってるな)
仮にこのままダンジョンの中に戻られると、こちらは鍵を入手していない以上は手が出せなくなる。
そして次に狙えるのは奴らがまた外に出てくる時だけとなってしまう。
(かと言ってここで襲い掛かっても鍵を持っている個体がいなければ結果は同じか)
今すぐに襲い掛かってその集団を全滅させること自体は難しくはない。
だけどそれでは意味がない可能性がある。
それに知能の高い魔物は先ほどの交渉のように人の心を理解して弄ぶ厄介さを持っているからこそ、逆にこちらがそれを利用してやることもできるのだ。
ならばここはやはり次を見越して監視するのが賢明だろう。
そう思っていた俺は群れの大半がダンジョンと化した通天閣の中へと戻っていく中で、数匹が何故か別の方向に行くのを確認する。
(もしかしてあれが当たりか?)
先程の自衛隊の話では無害さをアピールするために巣穴の外には出ないとまで言っていた。
それを相手に信じてもらうためにも無用な外出をするとは思えない。
だとするとその数匹がダンジョンに戻らないのはそうしなければならない理由があると見ることが出来る訳だ。
(仮にダンジョンの鍵を持つ個体をダンジョン内に匿っておけないとすれば……)
その可能性は比較的高いと思っている。
何故ならこれまでのどのダンジョンでもそうだったからだ。しかもゴブリンなどはわざわざダンジョンとは別の隠れ家まで作っていた。
鍵を奪われたくなくてそんなことをするなら、そもそもダンジョン内から鍵を出さなければいい。
それが出来ないからこそ強力な個体に守らせたり、あるいは隠したりしていたはず。
その予想は間違っていなかったらしい。
何故なら数匹のハーピーが向かった先の民家に入っていき、その中からハーピー共の会話が聞こえてきたからだ。
「何か問題は?」
「特にないわ。勿論、鍵の方も無事よ」
「ってことはまだ例の敵はこの地まで来てはいないようね」
恐らくこの敵というのは俺達のようなダンジョンを攻略する存在の事だろう。
こいつらからしたら俺達は最優先で排除したいだろうし。
(それにしてもゴブリンの時と違って隠蔽の結界は張ってないのか?)
超聴覚を使っているとは言え、どういう訳か中の会話が丸聞こえだ。
鍵を持っている個体を隠すのなら最低でも結界は張っておくべきだと思うのだが。
そこに少し違和感を覚えたものの、今は聞こえてくる会話に集中する。
「ねえ、言っちゃなんだけど本当にそんなに心配する必要があるの? いつ来るか分からない敵を待っているのも、こんな狭いところに閉じこもってるのも苦痛でしかないんだけど」
「そうそう、この世界の人間の大半なんて私達でも勝てるんだし、敵が来ても下手な作戦を立てるよりも一気に襲い掛かって殺しちゃえばよくない? なにより新鮮な血も飲みたいしさ」
「油断は禁物よ。既に他の場所でダンジョンを攻略されているって報告も来てるし、人間の中にはかなりの力を持つ奴がいるのは間違いないんだから」
複数の個体が姦しく会話しているのが聞こえてくる。
折角の情報収集の機会なので、俺は会話が終わるまで動くのは待つことにした。
「とにかく今は我慢しなさい。バカな相手を騙して取り入るためにも、しばらくは大人しくする必要があるんだから」
「面倒な話ね。まあでも命令には従うわ」
「ま、暴れるにしてもバカな人間がノコノコとこちらの領域まで来てくれた方が都合はいいものね。そうすれば新鮮な血肉も食べられる上にグールも確保できるもの」
出来れば新鮮で美味しい子供の肉が食べたいなど、実に楽しそうに会話しているが、それを聞いているこちらからすれば不快感しかなかった。
やはりこいつらは魔物だ。
人間を騙すことにも、そして食うことにも何の躊躇いもないし罪悪感なども持ち合わせることはないのだから。
(ここに鍵もあるようだし一気に制圧するか)
こいつらに時間を掛けさせたら嘘の情報を自衛隊などに流される可能性が高まる。
こうしてダンジョンの鍵を持つ個体を捕捉するという絶好の機会を掴めたのだから、そうなる前に動くとしよう。
そう思って俺はインベントリから魔導銃を取り出して構えを取った。
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