第92話 嘘八百

 どうやら自衛官側とハーピー共の接触はまだ始まったばかりらしい。


 そのことを行なわれている会話から察した俺だがその内容に思わず鼻で笑ってしまった。


(口から出まかせばっかだな、このクソ鳥が)


 聞いているだけで虫唾が走るし、なんなら魔導銃の弾丸をぶち込んで黙らせてやりたいと何度思ったことか。


 ハーピーの語る内容は要約すれば、自分達は別の世界から追われてこの世界に漂流してしまった。


 そして可能なら次の世界に渡るまでの間、この場所で休ませてほしいというものだった。


 そしてそれを許してもらえるなら今後は人を襲うことはしないと誓うとか戯言を宣っていやがる。


(厭らしい作戦だな)


 邪神陣営からすればダンジョンを維持して領域を支配する時間を延ばしたいのだ。


 だからこの交渉で相互不干渉を約束させられればあちらには得しかない。


 支配する時間を長くして力を取り戻してから人間など滅ぼせばいいのだから。


 だけどそれを知らなければ交渉で被害を平和的に抑えることが可能になるように思えることだろう。


 あるいは完全に信じられなくても迷いを与えられるといったところか。


「だがそちらはこちらの世界に来た途端に人間に襲い掛かってきました。それをまたしないとどうして言い切れるのですか?」

「あれは世界を転移した際に我々の中でも混乱が生じてしまったことが原因なのです。一通り落ち着いた今はそのようなことは二度と起こさないと誓います」


 それを疑うなら巣穴に籠って出てこないし、許可なく外に出た個体は殺しても構わないとハーピーは相手側に告げる。


 それを証明するために今の大阪の街からハーピーは姿を消したとも。


「それとこれは告げるか迷いましたが、一部の同胞はあなた方と対話を試みようとした際にバケモノと呼ばれて殺されかけたと聞いています。だからこそ殺される前に反撃したとも」

「つまりこちら側にも責任があると?」

「どちらかの責任と言うよりかは、互いの不幸な誤解から争いに発展してしまったということではないでしょうか。だからこそこちらとそちら、どちらの陣営でも不要な争いで命を落とす存在が出ないようにしたいのです」


 悲し気な様子でそう語るハーピーの様子は何も知らない奴からすれば慈悲深いように見えるだろう。


 通信で会話している奴らがどう考えているのかまでは分からないが、実際に相対している自衛官中からもそれを見て戦うことに迷いを見せている奴がいるようだし。


 その気持ちは分からなくもない。


 無駄に争わなくて済むならそうするに越したことはないという気持ちも理解できるし、人間同士ならそういう解決方法もあるだろう。


 だが残念なことに魔物や魔族相手にその考え方は通用しないのだ。


 何故ならこいつらにとって交渉や対話などは全て相手を騙すための手段でしかないのだから。


「仮にこちらがその条件を飲んだとしたら、あなた達以外の魔物が暴れるのも止められますか?」

「それは不可能ではないですが難しいとは思います。彼らは我々とは違う行動原理を持っているかもしれませんし、中には言葉が通じない種族もいますので。私達から呼びかける程度のことは出来るとは思いますが、それで全ての魔物の動きが止まることはないでしょう」


 それでも可能性がない訳ではないと匂わせているのは実に巧妙ではないか。


 上手くいけば被害がなく他の地域の安全も確保できるかもしれないと思ってしまうだろうし。


(ったく、知恵のある魔物や魔族はこういうのが厄介なんだよな)


 この情報を知った人類側では意見が分かれることだろう。


 共存できそうな相手とは無駄な争いをせずに協力した方がいいというような勢力と、侵略者に僅かでも譲歩するのは危険だというような、大まかに分けると共存派と殲滅派みたいな感じに。


(だとするとこの話をされるまえにさっさとやっておけば良かったか?)


 この交渉が初めての接触だと分かっていなかったので、どこまで嘘を吹き込まれているのか確認するためにも様子見をしたのは不味かったかもしれない。


 と言っても何も分からない状況で動くのも思わぬ失敗に繋がるかもしれないので難しいところなのだが。


 だってもしこれでハーピー共と自衛隊が思わぬ交流を深めていたら、そこに強襲を仕掛けた場合に悪者となるのは俺となってしまうかもしれない。


 平和的に解決できそうなところに横やりを入れた邪魔者として。


 本当は騙されていたとしても、良好な関係を構築していた相手を攻撃した俺が後から事実を説明してもそう簡単に信じてもらえるとは思えないし。


 その後も嘘八百を並べて、同情を買いながら争いはしたくないと主張するハーピー共。


 それに対して完全に信用はおけないものの検討の余地はあるとしている自衛隊連中を見て俺は思わず舌打ちする。


(不味いな。これがここだけでなく世界中で行なわれているとなったら人類陣営が分断されかねない)


 この交渉が成功した後のハーピー共の動きは異世界からの経験で大体分かる。


 恐らく無害を装って人類陣営との良好な関係を築くと同時に、俺達のような魔物を討伐できる存在は悪であると吹き込むのだ。


 奴らの本性を知っている俺達異世界からの帰還者は何があろうと魔物に心を許すことはないし、徹底的に排除しようとする。


 それを良好な関係に水を差そうとする邪魔者として仕立て上げるのだ。


 あるいは俺達がハーピー共を別の世界から追い払った存在に力を借りているとか言うのだろう。


 それがある意味では完全に嘘ではないところがこれまた質が悪い。


 とりあえず念話を使って他の帰還者達とこの情報を共有する。


 幸いなことに茜達の方ではそういう動きはないようで、全ての場所で懐柔が行なわれている訳ではなさそうだった。


『じゃがこのままにしておくのは不味いのう』

『それは分かってる。だから後回しにしていた国のお偉い方との接触を早めようと思う』


 森重から日本政府でも色々と揉めているという情報は得ていたこともあって、家族の安全を確保してからはあえて関わらないようにしていた。


 それよりも今はダンジョンを攻略して聖樹を設置することを最優先にすべきだと思っていたので。


 だがこうなったらそうも言ってはいられない。


『いや、そちらに関しては儂が動こう。聖樹の設置も急がねばならんし、余計なことを吹聴するハーピーのような魔物も早急に排除した方が賢明じゃろうて』


 だから俺は戻らずにこのままいち早く大阪のダンジョンを攻略するように言われる。


『それは有難いが大丈夫なのか?』

『構わんよ。こっちも儂一人ではなくなったし、一鉄も魔物相手でなければ色んな意味で存分に力を振るえるじゃろうからな』

『おいおい爺さん。あんた、俺を使っていったい何を仕出かす気だ?』


 そんな文句を言ってはいるものの、一鉄も事の重要性は理解しているのか協力してくれるそうだ。


 やはりこういう時のために信頼できる仲間を増やしておいて正解だった。


『分かった、それじゃあそっちの事は任せるぞ』


 自衛隊とハーピーの交渉の方も一先ず持ち帰って検討するということになっており、そろそろ解散しそうな雰囲気だった。


(まずはこのハーピー共がどこに戻るのか確かめるか)


 本当にダンジョンの中に全てのハーピーが戻っているのか。


 仮にそうでないならもしかしたら付いていけば鍵を持った個体が隠れている場所に案内してくれることになるかもしれない。

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