第68話 内密の話
(無理無理、あんなの勝てる勝てない以前の問題だっての)
あらかじめこうなると分かっていたこともあって、操作権限を与えていた先生に作成を依頼しておいた救護施設で俺は全身の傷を癒していた。
茜との戦闘はどうだったのかって?
そんなの内容を語るまでもなく、それこそ一矢報いることもできずにボロ負けです、はい。
分かっていたとは言え、あまりに情けない負けっぷりだったこともあり詳細な内容など語りたくも無いのである。
なにせ成竜にならない状態のクー単体相手でも終始こちらが劣勢だったのだ。
それも魔闘気で強化した状態で。
となれば茜が参戦して、そして成竜化まで解禁されたらどうなるかなど語るまでもないだろう。
てか、こっちの全力の魔法が成竜化してないクーの空気砲で呆気なく吹き散らされるとかどうなってやがるのか。
それこそ間違いなく今の人類側の最強戦力はクーと茜のコンビだと改めて思い知らされた形である。
(でもだからこそこっちの世界に茜がいてくれて良かったな)
それだけ強い奴が仲間にいてくれることは本当に心強いというものだし。
しかも茜の本領は友とする竜の数が増えれば増えるほど発揮されるのだ。
つまりまだまだ強くなる余地が大いに残されているということである。
もっともそのためにはショップで竜を買うために大量のポイントを用意しなければならないし、購入した後でも竜が活動するためにも莫大なエネルギーをどうにかして賄わなければならないので決して簡単な事ではないのだが。
「おーい、生きとるかー?」
「お陰様で何とかってところだな」
そこで先生がこちらの無事を確認しに救護施設に入ってくるのに対して俺は減らず口を返す。
なお、俺に圧勝した茜は急いで北海道に向かう準備をするとかで今は聖樹の外に出ているはずだった。
「すまんのう、儂の孫が強過ぎて」
「なんか謝るふりして孫自慢のついでに煽ってないか? ……まあいいや。あの感じだと確認せずに送り出す訳にもいかなかったし」
茜としても俺にちゃんと認められてから行きたがっていたようだし、あの場では戦う以外に選択肢はなかったのだ。
だからそのこと自体は仕方がないと思える。
「ただし途中から俺を甚振るのを楽しんでた節のあるクーは絶対に許さん。その辺りのことはどうお考えで。祖父の先生さんよ」
「それは知らんな。クーは儂の孫ではないからのう。やり返すならどうぞご勝手にという所存じゃ」
「おいおい、酷え爺さんだな、あんた」
孫のことは謝罪するが、その孫の友達のことまでは知ったことではないと切り捨てる先生に思わず笑ってしまった。
そんな下らない会話をしながら先生が俺の隣に腰を掛けてくる。
作成した救護施設は最低限のものであり、外見上は単なるダンジョンとは別の空間に小屋があるだけだ。
だが中に居るだけでHPが回復して外傷なども治るだけでなく、蓄積した疲労なども消えていくようだ。
しかも設定によってはHPだけでなくMPも瞬時に回復するようにできるとか。
強化した分だけエネルギーを多く消費するそうだが、場合によってはここに入ればほぼ一瞬で全回復できるという点は実に魅力的だった。
(施設ごとに入れる人物の設定も主側で可能みたいだしな)
急病人をここに連れてきて治すとかもできる訳だ。
それもあって色々と利用価値の高そうな施設である。
「で、何か話があるんだろ? さっきまで話さなかったところから察するに茜の前じゃ言えないような」
「カッカッカ! 相変わらず察しが良くて助かるわい」
叡智の書がなくても厄介だと魔族に思われていたような勇者一行の先生が、わざわざ孫自慢をしに来ただけなんてあり得ないのだ。
「茜は誰よりも強いが、それに反してまだまだ幼い。なにより素直な子じゃから儂らのような腹芸をするのには向いておらんからのう」
「それは大いに賛成だよ。それで腹黒い先生は、同じような俺にどんな悪巧みの相談が?」
「……神の使いの中に裏切り者がいる可能性があるらしい」
そこで先生が口にしたのは最悪の可能性だった。
思わず勢いよく先生の方を振り向いてしまうほどに。
「……それは確かなのか?」
「いや、あくまでその可能性があるとのことじゃ。だが聖樹の種が奪われた経緯を考えると、あり得ない話ではないようでの」
聖樹の種は人類の迎撃拠点となるために神やその使いによって創り出されたものであり、管理も厳重にされていたそうだ。
それこそ使う前に敵に奪われるなんてことがあり得ないように。
だがその厳重な管理もむなしく実際にそうなってしまっている。
それ以外でも、邪神陣営の侵攻が些か以上に速過ぎたのも変らしい。
隙を突かれたとは言え、世界を渡って攻めてきた相手が世界に干渉するのを許すまで後手に回るのは普通ではあり得ないと。
「だからそれらを手引きした内通者がいるかもしれないとルビリアは考えたってことか」
「その可能性が捨てきれないからこそ、ルビリアはこちらに寄こした情報にも厳重に封印を施したらしい。他の神の使いにも見られないようにと」
そう言えばルビリアは言ってたっけ。
くれぐれも敵に知られることのないようにしてください、と。
あの言葉の意味は敵が魔物や魔族だけではないかもしれないということだったのか。
だとすると叡智の書を持つ先生に託すように言ったのも、他に情報が拡散されないにするためもあったのだろう。
こういう情報の扱いに関して先生ほど卓越している人はいないだろうし。
「聖樹が主しか操作できないように変更を施したのも、それが原因でもあったようじゃ」
「裏切りの者の神の使いが聖樹に良からぬことをしないようにか。だとすると神の使いを妄信するのは危険ってことだな」
あるいは実はルビリアが裏切り者であり、あえて俺達に疑心暗鬼の種を撒こうとしている可能性も否定できない。
そうすることで他の神の使いとの協力を妨害しようとしたかもしれないので。
「誰が敵で誰が味方か、今後はそれも見極めていかなきゃいけないと」
「一応ルビリアから他の神の使いが味方どうかを判断するための手段は預かっておる。もっとも他の神の使いで試してみない事にはそれも全面的に信頼はできんがのう」
だけどそれで別の神の使いが信頼できる相手だと確認できればルビリアが信用できる相手だと一先ずは判明する訳か。
「そういう訳で悪いが儂はしばらくダンジョン攻略には参加せず、そちら方面で色々と動かせてもらうつもりじゃ」
「それは構わないが、危険はないのか?」
「安心せい、最悪でも儂が死ぬだけじゃ。それに万が一そうなった時も対抗策は用意してあるわい」
全く安心できない言葉が飛び出ているのだが、言っても無駄なのは分かり切っていたので何も言わなかった。
だってこの人は、だからこそ茜に何も伝えて無いのだから。
自分が死ぬ危険を冒していると知ったら止められるのが目に見えている。
茜にとって先生は残された数少ない大切な家族なのだ。それら全てを分かった上で自分がやるしかないからこそ命を懸ける決意を固めたのだろう。
「……分かった。でも無理はするなよ」
「勿論じゃよ。老い先短い人生とは言え、別に死にたい訳ではないからのう。それに天国に行くにしても茜が成人してから、欲を言えば花嫁姿を見てからが希望じゃわい」
「それじゃああと十年以上は生き残らないとな……って、まず天国行きは確定なのかよ」
「そりゃ儂には邪神を倒した功績があるからのう。これ以上ないくらいの善行じゃろうて」
「ハハ、違いないな」
秘密裏に動く必要があるそうで、方法などの詳細は俺にも言えないらしい。
万が一でもこの情報が他に伝わる訳にはいかないとのことで。
「譲よ、お主には酷なことを頼んでいるのは百も承知じゃが、もしもの時は茜を……儂の大切な孫を頼んだぞ」
「……安心しろよ、先生。非常に残念で不本意な事だが、俺は託されることには慣れてるんだ」
異世界でもこちらの世界でも、俺は後の事を託されてきた。その重圧を背負っても進み続けてきたという嫌な実績があるのだった。
「儂もお前さんも、ほんに難儀な人生よのう……」
そんな囁くように呟かれた言葉が何故か心に残るのだった。
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