第55話 幕間 監視者の使命
突如として世界中に現れ、人類を蹂躙し始めた魔物という存在。
人類にとって非常に危険な奴らだが、幸か不幸かそれに対抗する力も現れ始めていた。
魔物を倒すことで手に入る謎のステータスカードというものに、それを利用して手に入るスキルという未知の力のことである。
それら魔物に対抗するように用意された力に目覚めた者は覚醒者と呼ばれ、私もその数少ない内の一人だった。
(対象に動きはないか。だが聞こえてきた会話で覚醒者であることの裏は取れたのは大きい)
今の私の任務は覚醒者と思われる存在を見つけ出し、その対象が危険ではないか監視して上に報告することとなっている。
一介の警察官だった自分がまさかこんな諜報員の真似事のようなことをする日が来るなんて思ってもみなかったものだ。
東京に魔物が現れた時、私は民間人を東京の外へと避難させていた。
その際に所持していた拳銃で魔物を殺すことになり、ステータスカードを手に入れた形である。
(それにしても彼は協力者になってくれるだろうか?)
真咲 譲という対象がどういう経緯で力を手に入れたかは判明していない。
魔物を倒して手に入れたという話もあるが、その裏取りが出来ていないので妄信する訳にもいかないのだった。
だが少なくとも聞き取りした限りでは、家族とその友人を助けるために動ける人物であることは間違いないと思われたし可能性はなくはないと思う。
「人間を殺して力を手に入れたのでなければいいんだが……」
何故それを心配するのか。
それはとある刑務所でそういう事例が起こったせいだ。
魔物の出現で国中が混乱している中、収監されていた囚人がどうやってかステータスカードやスキルの力を手に入れ、それを利用して脱獄を図ったのだ。
恐らく魔物出現で混乱している中で同じ囚人を殺しなどしてそれらの力を手に入れたのだろう。
そのせいで刑務官にも犠牲が出た上に、幾人かの囚人は逃亡したままだと聞いている。
同じことが起こることを懸念した政府の指示によって囚人が逃亡したことのみ報道されているようだが、いつまでも隠し通せることではない。
発覚するのも時間の問題なのは間違いなかった。
そしてそうなればこの先、そういう事例は益々増えていくことだろう。
手強い魔物を倒して魔石を手に入れても、それで手に入るポイントは高くて数百程度。
それに対して人間を殺してグールから御霊石と呼ばれる物を手に入れられれば10000という文字通り桁違いの報酬が得られるのだ。
これは人を傷つけることを厭わない悪人ほど簡単に力が手に入ることを示している。
だからこそ現状で強い力を持つ覚醒者には警戒する必要があった。
聞けば現在の監視対象はオークに顔面を殴打されても傷一つなかったらしい。
それどころか逆にオークを一撃で殴り殺せるほどの人間離れした膂力も持っているとのこと。
(となれば、STR上昇やVIT上昇などのスキルを持っているのか?)
あるいは一撃の威力を上げるスキルなどもあり得るかもしれない。
なんにしても人に向ければ簡単に人殺しが可能になる凶器を持っているようなものだ。
そんな代物を、他人を害することなど何とも思わない悪人が所持したらどうなるかなど想像したくもないというもの。
だからこそ覚醒者の扱いは気を付けなければならないし、接触するのも慎重にしなければならない。
最悪は接触を図った私が殺される可能性も十分にあり得るのだから。
「ふう、この後はどうするべきか」
協力的な覚醒者なら何としてでもスカウトしたいが、迂闊に接触するのも考えもの。
「悩み事があるなら聞くぜ」
「っつ!?」
そう思って呟いた独り言にどこかともなく返答があったと思ったら、後頭部にゴリっと固い何かが突きつけられる。
「おっと、余計なことはせず両手を挙げてそのまま動くなよ。このまま銃弾を頭にぶち込まれたくはないだろ? 俺としても出来ればそれはしたくないが、抵抗したら容赦はしないぜ」
私の頭に突き付けているそれが銃であることを提示しながら監視対象の真咲 譲が私の背後から語り掛けてくる。
だがあり得ない。
(超聴覚のスキルで居場所は確認していたし、ついさっきまであの部屋の中に居たのは間違いない。だとしたら僅かに気を逸らした一瞬で私の背後まで移動したっていうのか!? 超聴覚を持つ私に気付かれずに!)
どんなスキルが有ればそんな芸当なのか。
意味が分からない。不可能だ。
そう思うものの現実では確かに背後に何者かがおり、その声は間違いなく監視対象のものだった。
「一応確認だが、あんたは政府の役人とかその関係者で合ってるか?」
「……ああ、そうだ」
この状況で下手な隠し事など出来る訳もなく、私は自身が警官であることや彼を監視していたこと。
そしてその理由などについても正直に話す。
「つまり日本政府は理由があって公表していないだけで、覚醒者の存在そのものなどは把握しているんだな。なら良かった。それなら大分説明の手間が省けそうだし」
そう言うと彼は後頭部に突き付けていた銃を下げて、私に自由にしていいと告げてくる。
「ああ、安心しろよ。俺はどちらかと言えば、あんたが望んでた協力的な覚醒者だからな。それにそっちが持っていない情報も色々持っているぞ」
恐る恐る振り返ると、友好的な笑顔を浮かべる青年がそこに立っていた。
ただしその手には先ほどまで私に付きつけていただろう拳銃が握られていたが。
「……ちなみにその情報とは何か聞いてもいいかい?」
「そうだな、例えばどうして東京からオークやゴブリンが消滅したのかとか、ここからでも見える謎の巨大な塔が出現した理由とかだな」
それは確かにこちらの把握していない情報だった。
「とりあえずそっちのお偉いさんのところに案内してくれないか? そこで色々と話すからさ」
彼の言っていることが嘘か真か私には判断がつかない。
だけど私の背後を難なく取る実力者であることは間違いないのだ。
まだまだ東京以外では魔物という脅威が猛威を振るっているし、覚醒者を始めとした戦力はあればあるだけ助かるというもの。
「分かった、ただ上に許可を取らせてくれ。悪いが私にはそれを決める権限はないんだ」
「それもそうか。まあそれなら上とやらの興味を引くために魔物が決して入りこめない安全地帯についての情報が知りたくないか、とでも言ってみてくれ」
「安全地帯だって? そんなものが存在するのか!?」
「まあな」
目の前の男は軽く答えるが、その情報は今の世界中の誰もが知りたがっている情報と言っても過言ではないだろうに。
それを何てことのないといった様子で軽々と扱う彼は、それ以外でもどれだけの情報を握っているかまるで想像もできない。
残念ながら強力な力を得た覚醒者は傲慢になりやすい。
自分が特別な存在だと錯覚してしまうのか、力を得ていない非覚醒者をバカにしたり蔑ろにしたりする者が結構な数いるのだ。
もっと悪人になれば、他人など御霊石を得るための道具でしかないという奴もいる始末。
だが彼は私では即答できないことに対しても業を煮やすことなくごく自然体なままだった。
その上でこちらの譲歩を引き出すための情報を寄こすと態度は実に理性的という他ない。
「すぐに上に話を通すから待っていてくれ」
そこに圧倒的な強者の余裕のようなものが感じられたのは、きっと私の勘違いではないのだろう。
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