第54話 妹と友人の頼み

 念話スキルによって俺が登録した人と会話できることは由里には秘密にするように言ってある。


 その約束を破ったのかと思って由里を見ると、必死になって首を左右に振って無実を主張していた。


「あ、言っておくけど由里は認めてないよ。ただあの時の車の時の会話とか、この避難所でも時々様子がおかしかったから、ウチらがそうじゃないかって疑った感じ?」


 だとすると今の俺の態度の方が彼女達の推測を正しいと認めたようなものか。


 ここで否定してもどうしようもないと判断したので、俺は素直にそれを認めて何故そう推測するに至ったのかを尋ねる。


 すると以前、彼女達を助けて車で送っている際に由里が急に妙な独り言を言った時があったとのこと。


 また避難所でも時折、そういうことがあったらしく、それでそう推測するに至ったとのこと。


(ああ、念話に慣れてないとつい口で話してしまうことがあるんだったか?)


 異世界で念話に近い通信手段があったのだが、その時に似たようなミスをしていた奴がいたかもしれない。


 ミスするかは人によるみたいだし、俺は全くそういうことはなかったので今の今まで完全に失念していた。


 ダンジョン攻略のために東京に向かう俺を心配した由里とは時折、念話で無事を伝えたりしていたので、その時に一人で話しているのを見られた感じか。


「最近は通信障害とかも増えてきててさ。ネットとか電話が通じなくなるのも時間の問題じゃないかって言われてるし」

「つまりそうなった時のために通信手段を確保しておきたいと?」

「そんな感じ。ぶっちゃけて言うと、あのバケモノと戦う方法とか教えてもらえるならそれもお願いしたいんだけどさ。お兄さん、噂になってる覚醒者って奴でしょ? しかも車の時の話からして色々詳しそうだったし」


 ネットなどで、このまま世界はバケモノによって蹂躙されてしまうのではないか。


 それに唯一対抗できるのは不思議な力に覚醒した人達だけではないかという話が出ているのだとか。


 そんな中で一早く力に目覚めて由里を助けにきた俺という存在なら、もしかしたら自分達に身を守る術を得る方法を教えてもらえないかと考えたようだ。


 以前に俺も偶然魔物を倒せて特典で知識を得たとか言ったし、それを当てにしたということか。


「そうだな……正直に言うと、君達の願いを叶える事はでき無い事もない」

「本当!?」

「ああ、死んだ人間がバケモノになり果てるのは知っているだろう? あれはグールという魔物なんだが、そいつを倒せばステータスカードが手に入れられることは確認済みだからな。それがあれば念話という俺と由里が交信してる力も割と簡単に手に入れられる」


 以前処分したカス共でも試したから間違いない。


 なんならそのために必要なポイントは俺のインベントリに大量にあるゴブリンの魔石でどうにかしてやってもいいだろう。


 ただ俺の活躍により東京にいたゴブリンやオークは一匹残らず消滅している。となるとすぐに倒せる魔物はグールということになってしまうだろう。


「だけど君達にそれができるかい? 魔物となっても見た目は人間のような存在をその手にかけることが」


 単純にステータスカードを入手させることはいずれ由里にもやらせるつもりだった。


 だからそのついでに友人である彼女達に協力してあげること自体は大した手間でもないので構わない。


 だけど魔物と戦えるように鍛えるとなれば話は変わる。


 スキル継承によって力を持てば狙われる可能性もあり得るし、そうじゃなくても魔物という別の生命体との命とのやり取りが出来なければ話にならないのだから。


 生半可な覚悟なら下手に力を持たない方が良い。


 聖域という安全圏が生まれたのだ。


 場合によっては力など持たず、そこで大人しくしていた方が生き残れる可能性は高いかもしれない。


 魔物との戦いとは、詰まるところ命懸けの殺し合いだ。

 そうなればどうあっても犠牲は出る。


 仮に美夜が生きていて癒しの力が健在でも犠牲は零にはできない。

 異世界でだってそうだったのだから。


 それに人には向き不向きもあるし、どうしても他者を傷つけられない人がいるのは異世界でも何度も見てきた。


 あちらでもそういう人が無理して戦いの場に出ても、結局は不幸や悲劇が生まれるだけだったものだ。


 当人も、それを守ろうとした人も犠牲になるというような。


「俺としては念話スキルを手に入れて、最低限の身の守り方くらいを学ぶくらいで済ませておくことを今はお勧めするよ。本気で魔物と殺し合うとなると、それこそ人によっては地獄のような思いをすることになりかねないぞ」


 異世界で命のやり取りに対して割と適応の早い方だった俺でさえ色々と苦労したのだから。


「……ウチはそれでもやる。だから駄目じゃないなら教えてほしい」


 だけど小百合はそう言いながら覚悟を決めた目でこちらを見つめてきていた。そしてそれは由里や他の二人も同じようだった。


 その覚悟も実際に経験すればどうなるか分からないが、それでもやると決めた意思は尊重すべきか。


「……はあ、分かったよ。ただすぐには無理だから少し時間をくれ」

「マジ!? あんがと、お兄さん!」

「別にいいさ。戦力が増えることはこっちとしても助かるからな。ただしこっちの準備が整うまでは大人しく待っていてくれよ。それと分かってるとは思うが、このことは周りに吹聴しないように。俺に鍛えられる人数は限りがあるから下手に大勢に殺到されても困るからな」


 数体のグールを調達するにしても今は当てがないのだ。


 流石にこのためだけに人を殺して人数分のグールを用意するなんてことはやれないし、用意しなければならない数が増えても今は困る。


 殺しても構わないカスが見つかればいいけど、そんな都合の良い展開が起こることなどそうないだろうし。


「あ、そのことだけどお兄ちゃんのこと聞かれたよ。前に言ってた政府の役人って人がきてさ。だからお兄ちゃんが覚醒者だってこと役人とかその上に人にはバレてるかも」


 聴取されたのは小百合を始めとした友人達も同じであり、下手に隠そうとしなくていいと聞かされていたから俺に助けられたあらましを話したとのこと。


 そのことも伝えたくて皆でここに来たという面もあったらしい。


(なるほどな。だから部屋の外から監視されてると)


 実は盗み聞きしていたのは小百合達だけでなく、それ以外の何者かが部屋の外からこちらの様子を窺っているようだったのだが、それ関連ということか。


「好都合だな」

「え?」

「いや、何でもないさ」


 準備ができたら連絡することにして由里達を帰す。


「さてと……」


 折角のお客さんが来ているのだ。歓迎しない手はないだろう。

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