第47話 竜の嗅覚

 オークダンジョンを攻略したことで俺は大量のオークの魔石を手に入れた。


 その活用方法については色々と考えたものだ。


 その中には新たなスキルの入手や、既存スキルのレベル上げをするという選択肢もあったが、今回はそれらの案は採用しなかった。


 今の俺ならオークより弱いゴブリン相手に苦戦にすることはないし、それらの魔石を売却しなくても三十万ポイント以上も持っているのだ。


 ゴブリンダンジョンを攻略するのに必要なスキルなどはそこから捻出できるだろう。


 それもあって俺は自分のことよりも先に仲間である茜達の強化をすることにしたのである。


 俺の我儘で待機してもらっていたようなものだし、なにより貴重な戦力である勇者一行をこれ以上失うなんてことが万が一でもないように。


 またゴブリンダンジョンを攻略する際にも大量の魔石が手に入ることが予想できることもそうするのに一役買っていた。


 自分の強化はそれの時にもできるだろうと。


「それじゃあ頼むぞ、クー」

「ギャー!」


 任せろというようにこれまでは茜や先生の守りについていた白竜の子供であるクーが元気よく返事をしてくる。


 茜から俺の頼みを聞くようにお願いされていることもあって素直に協力してくれるようでなによりだ。


 魔族から聞き出した情報によれば敵はダンジョンを発生させて支配した領域以外では活動できないことが確認できている。


 つまりその支配領域外にいるのなら、ある程度の安全が保障されていると思っていいだろう。


 そして俺の家族も茜達も東京からは避難しており敵の支配している領域外にいる。


 だからこうしてその護衛であるクーもある程度自由に動かせるようになったという訳だ。


「キュー……ギャ!」


 ゴブリンダンジョンがあるショッピングモール近くで、しばらく鼻をスンスンさせて匂いを嗅ぐような仕草をしていたクーだったが、少ししてある方向に向かって吠えるとその小さな羽を羽ばたかせて一直線に飛んでいく。


「ギャー!」

「付いてこいってか。分かったよ」


 俺には分からない何かを竜の嗅覚、あるいは本能で感じ取ったらしい。


 移動することしばらく。ショッピングモールからは数キロ程離れて地点で急にクーが空中で停止する。


 その場でまたしても先程と同じように匂いを嗅ぐような仕草をしたと思ったら、


「ギュー!」


 大きく息を吸い込んでブレスを吐く動作を見せる。


 その先には廃墟になった何の変哲もない建物があるようにしか見えない。


(あそこの建物に何かあるのか?)


 そう俺が問い掛けるよりも前にクーの口から魔力の籠った空気砲が放たれる。


 するとその衝撃が廃墟となった建物にぶつかる瞬間、まるで見えない何かにぶつかったように空気砲が止められている。


「あれは結界か!」


 隠蔽系の効果もあるのだろうか、これまでの俺には全く分からなかった。


 だがこうしてクーの攻撃に晒されたことで隠しきれなくなったのかその存在が俺にも認識できる。


 受け止めている空気砲と拮抗するかのようにギシギシと音を立てて軋んでいるところ見るに、ダンジョンの結界などと違って破壊不可能ということはなさそうだ。


 案の定最初こそ受け止めていたが、次第にクーの空気砲の威力に耐え切れなくなったのか結界は歪みが大きくなり、一定のところまで破損したところで一気に結界全体が崩壊する。


 するとその瞬間、建物の中からオークナイトの時のような強敵の気配が感じ取れた。


 それも一体だけではなく複数いるのが分かる。


(門番はここに隠れてやがったのか)


 鍵を持った個体をこうして隠蔽の結界で隠すことによって発見できないようにして、ダンジョンへの侵入をさせないようにしていたのだろう。


 もっともその目論見も鋭敏な感覚を有するクーの活躍によって挫かれたようだが。


「ギャー!」


 大活躍を見せたクーだがそこで終わらない。


 興奮した様子のまま結界が壊れたことで露になった建物の中に自ら突っ込んでいく。


「ってちょっと待て!」


 子供とはいえ竜だからゴブリン相手にやられることはないとは思う。


 だけど美夜の例もあるので慎重に行動するに越したことはないだろう。


 だから俺も慌ててその後を追って建物の中に入ったのだが、そんな心配は無用だったかのようにクーは中にいたゴブリン共をその爪や牙であっという間に仕留めていた。


(クーが相手にしてるのは通常のゴブリンだな。ここには強敵はいないみたいだし、そいつは上で待ち構えてる感じか?)


 建物の一階でもそれなりの数がいるところから察するに、どうやらかなりの数のゴブリンが侵入者を殺すべく待ち構えていたらしい。


 仮に隠遁の結界を破る奴が現れてもそう簡単に鍵を奪われないようにするためだろう。


 だが残念なことに通常のゴブリン程度では竜であるクーとは生物としての格が違い過ぎた。


 爪や牙で切り裂かれるだけでなく、吐き出される空気砲で吹き飛ばされたり、あるいは圧し潰されたりしてなす術なくその命を散らしていくのみ。


 そうして俺が何かする必要もなく、その場のゴブリン全てを殲滅したクーは落ちている魔石の元へ向かうと、


「キャッキャッ!」


 嬉しそうに鳴きながらそれらを頬張っていく。


 その様子は好物を食べている動物のようだった。


 ここまでの戦闘や隠蔽の結界を見破ったことからも分かると思うが、竜であるクーは強いだけでなく特殊な能力を幾つも秘めている。


 そして茜によればショップで成長アイテムを買えば、それらの特殊な能力を増やすことも可能とのこと。


 だがそれらを使うのにもエネルギーは必要になる。


 特定のスキルを使うのにMPが必要になるように。


 ただ人間と違って竜は食事をしたものから自らのエネルギーを吸収でき、またその貯蔵量も人間とは比較にならない。


 だからああして魔石などを大量に食べておくことで、より強力な力を行使できるようになるのである。


 なお魔物が現れる以前は、茜から与えられる食べ物や自分で獲物を狩るなどして活動のためのエネルギーを賄っていたらしい。


(俺からも常に魔力を与えられてるってのにまだまだ足りないってか。本当に竜って奴は大飯食らいだな)


 非常に強力な反面、それを駆使するためには大量のエネルギーを必要とするところはある意味で勇者の力に似ているかもしれない。


 そんなことを考えていた時だった。


 どこからともなくパン、という乾いた銃声が聞こえてきたのは。

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