第43話 人間はどこまで残酷な生き物であるのか
悲鳴がした場所に急行した俺だったが、そこで見た光景によって自身の予想が外れたことを嫌でも察するしかなかった。
視線の先では男が三人と女が一人の計四人がいる。ただし女性は地面に倒れていたが。
「お、おい。誰か来たぞ」
「やべえ、見られちまったぞ。どうする?」
狼狽した様子の二人の男を尻目に最後の一人は倒れた女性に馬乗りになっており、その手には鋭利な刃物が握られている。
そしてその刃は赤黒く汚れていた。
「ちっ! 何を焦ってやがる。ヤバくなったらこの女と同じように殺せばいいだけだろうが」
この光景を見た時点で察してはいたが、その言葉からやはりこの刃物を持った男が倒れている女性を殺害したことが確定した。
(息はないか)
だが今はそれら全てを無視して俺は倒れた女性に元に駆け寄ると、既に手遅れであろうことは分かった上で、前もってショップで買っておいた回復薬を使った。
だが薄々分かっていた通り何の効果も出ることはなかった。
聖女である美夜であったなら、この状態からでもこの女性を助けられただろう。
だが回復薬にそこまでの力はなく、美夜の癒し力は失われてしまっている。
つまり今の俺ではどうやっても助けられない。
「……ここで何があった?」
彼女は全身を刃物で刺されただけではなく、首の骨も折られたようだった。
俺が悲鳴を聞いてからそんなに時間が経っていないというのに。
「惚けんなよ。その身のこなし、明らかに普通の奴のものじゃねえ。つまりお前も俺と同じ覚醒者なんだろ?」
「覚醒者?」
「なんだよ、聞いたことがないのか? あのバケモノ共が現れた以降、普通じゃあり得ない妙な力を手に入れた奴らの呼び方だよ」
「ああ、なるほど」
聞いたことのない単語に首を傾げたが、続く言葉で直ぐに理解した。
どうやら目の前の男は魔物を倒してステータスカードやスキルを手に入れた存在のようだ。
「お前達、全員が覚醒者なのか?」
「いいや、覚醒者は俺だけさ」
この集団の頭なのだろう。刃物を持った男が自信満々にそう答える。
「お前だけが覚醒者なら東京でずっと生存できたとは思えないんだが」
というかこの三人が全員覚醒者でもそれは難しいだろう。
仮にどれだけ強力なスキルを手にしても、MPの回復が遅過ぎて継続した戦闘はどうしてもきつくなるだろうし。
「当たり前だろ。俺はバカじゃねえんだ。普段はバケモノどもが活動できる範囲外にいるさ」
「それなのに今はこうしてバケモノとやらの支配領域にきていると。何が目的だ?」
「教えてほしいか? だが生憎とそれは
その言葉を合図としたかのように、刃物を持っていた男は懐から拳銃を取り出してこちらに向ける。
「おっと、妙な動きはするなよ。いくら覚醒者だとしても銃弾をぶち込まれたらどうなるかは分かるだろう? 死にたくないのなら俺の言うことを素直に聞くんだな」
これで圧倒的優位に立ったと感じたのか、目の前の男はあからさまに余裕そうな態度を取り始める。
「それじゃあまずは、お前が持っている御霊石を全部寄こせ」
「お前、御霊石が何か分かってて言ってるのか?」
「当たり前だろ。あれを使えば大量のポイントが手に入る。それを上手くすればこうして拳銃だって簡単に手に入るって寸法だ。食料にだって困ることも無いし、本当に便利な仕組みだよ」
その情報は間違ってはいない。
やはりこいつはステータスカードを持っており、ショップを活用しているようだ。もっともここまでの態度や言葉からして、魔物ではなく御霊石をポイントに交換しているようだが。
「……一応聞いておくが、もし俺が御霊石を持っていないと言ったら?」
「ああ? ふざけてんのか! 出さねえなら殺して奪うだけだってんだよ!」
怒りのままに背後の仲間に合図を出すと、そいつらも拳銃を取り出してこちらに向けてくる。
流石に目の前の男ほど覚悟が決まり切っていないのか銃を持つ手は震えているが、それでも銃口はしっかりと獲物であるこちらを捉えていた。
「さあ、最後の通告だ。大人しく俺の言うことを聞け。安心しろよ。言うことを聞けば生きて帰らせてやるからよ」
「……お前みたいな救いようのないカスは異世界でも腐るほどいたもんだよ」
人類全てを滅ぼそうとする魔族に自分だけは助けてもらえると騙されて内通者となった奴もいれば、どうせ死ぬのなら好き放題してやると欲望のままに暴れる奴もいた。
それは異世界人だけに留まらない。
チート能力を与えられた俺達の中にもそういう風になってしまった奴もいたものだ。
「そんな救いようのない奴を前にした時、俺がどういう対処をしたかお前に分かるか?」
「ああ!? さっきから何を訳の分からないことを言ってやがる!」
「正解はこれだよ」
その言葉と同時に魔闘気を発動。
そしてオークナイトの大剣をインベントリから取り出すと、一瞬で獲物へと迫る。
「へ?」
それに間の抜けた何の反応をするしかない奴の両足を薙ぎ払ってやると、思った以上に脆かったらしくあっさりと両断できてしまった。
「おっと、まだまだ聞きたいことがあるから死ぬなよ」
両膝から先を失って崩れ落ちていくその手から拳銃を奪い取り、地面に倒れたそいつの足に向かって無造作に回復薬を投げておいた。
新しい足が生えてくるのか、それともそのまま傷が塞がるのかは分からないが、少なくともこれで即死はしないだろう。
「ひっ!?」
そこでようやく自分が手を出して行けない相手と対峙していることに気付いたらしき二人が手にする拳銃の引き金を引こうとするが、
「間抜けが」
そうする前に俺は二人の背後に回り込んでいる。
ステータスカードも入手していない相手が俺の動きに付いてこられる訳がないのでそれも当然のこと。
(さっきの奴も想像以上に脆かったし、こいつらは下手に俺自身が攻撃すると即死させちまうな)
なので奪っておいた拳銃の弾丸を足と手にブチ込むだけにしておく。
その痛みで藻掻き苦しみ、撃ち抜かれた箇所から出血しているが生きているなら問題ないので。
そうして二人が落とした拳銃も残さず回収して、呆然としている奴らを見下ろしながら俺は言ってやった。
「安心しろよ。言うことを聞けば生きて帰らせてやるからよ」
実際はそんなつもりなど全くないことを一切隠さずに。
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