第41話 恥知らず

 俺が異世界からの帰還者であることは家族の中でも妹である由里にしか伝えていなかった。


 それは心配させたくないというのもあったが、情報漏洩を懸念したのも理由の一つである。


(あの時の由里はある程度の事情を話さないと納得しそうにもなかったしな)


 あの時は下手に怪しまれて周囲に聞いて回られた方が困ると思ったのだ。


 それでも俺が無限の魔力を持っていることや、それを譲渡する力を持っていることは未だに伝えていない。


 そして今後も教えるつもりはなかった。


 これは家族が信用ならないということではなく、魔物や魔族の中には記憶を読み取ることが可能な奴も存在しており、そういう奴から意図せず情報が漏れないとも限らないからだ。


 だから俺が異世界からの帰還者であることと、無理しない範囲で魔物と戦っていること以外は由里も知らない。


「それで急にどうした?」


 そんな由里が急にやってきて話したいことがあると言ってきた。


 聞けば魔物やそれ関連の話のようなので、周囲に人がいない場所まで移動する。


「どうしたじゃないよ! 冬島の奴がお兄ちゃんの功績を奪い取ったの!」

「……悪い。誰だっけ、それ?」


 正直その名前に聞き覚えがなかったし、そもそも功績とは何のことやら。


 そう思って尋ねると、どうやら由里を助けに行った時の集団にいた男の内の一人が、俺に助けられたという事実を捻じ曲げて自分で魔物やグールを退けたと吹聴して回っているとのこと。


「それどころかバケモノの大群に襲われてた私達のことも助けて、避難所まで連れてきてやったみたいなことを言ってるんだよ! 元彼女の小百合を危うく死なせかけたっていうのに、あの恥知らずが!」

「ああ、思い出した。あの場で付き合ってるだかいないだかで揉めてた男の方か」


 避難所まで連れていった時点で役目を終えたこともあって、もう関わらないだろうとすっかり忘れていた。


「で、そいつが俺のやったことを自分がやったと言い張ってると」


 そしてそれに由里を始めとしたあの場にいたメンバーの大半が怒っているらしい。まあ事情を知る由里達からしたら、ふざけた妄言をほざいているといった感じだろうから分からなくもない。


「でも言ってるだけだろ? なら別に好きに言わせておけよ。それで実害が出てるならともかく」

「お兄ちゃんは悔しくないの? だって実際に命懸けで助けてくれたのはあんな奴じゃなくてお兄ちゃんなのに」

「別に称賛されたくてやったことじゃないからな」


 異世界でもそうだった。


 徹底的に正体を隠して敵に目を付けられないように無能を演じていたこともあって、俺は極一部の事情を知る奴以外からは全く評価されていなかった。


 もっとはっきり言えば、使えない無能として軽蔑されていたと言っても過言ではない。


 それと比べれば称賛されないことくらいなんてことないというものだ。


「俺にとってあの場でお前を助けられた時点で目的は達成できている。それ以外は割とどうでもいいことだな」


 それにそいつが勝手に目立って注目を集めてくれる分にはこちらとしてもメリットがない訳でもないのだ。


(もしその情報を魔族が掴んだら、冬島って奴が異世界からの帰還者だと勘違いしてくれるかもしれないし)


 俺や勇者一行以外にも警戒しなければいけない相手がいると思えば、相手の動きが鈍くなるかもしれない。


 まあその代わりに冬島という奴が魔族から狙われる危険性も増すかもしれないが、それは自業自得なので俺の知ったことではない。


 どういう目的なのかは分からないが、そうやって他人から功績を奪ってまで自分が強いと誇示したがっている。


 それはプライドが高いことの現れだし、余程のことがなければ実は嘘でしたなんて言えないだろう。


 つまり俺のことが奴の口から出る可能性は高くないし、そもそもそいつには話されても困る内容を伝えていないので、もし俺のことを言い触らされてもそれほど問題ないのである。


 そもそも由里を助ける姿を他人に目撃された時から、いずれそのことが発覚することは承知の上だったし。


 それまで隠すなら口封じに全員始末しなければならないが、それで妹の友人を殺すのは流石に忍びない。


 だから戦えることはバレても構わない、肝心の無限魔力などの重要情報を隠せればいいということにしたのだった。


「でもあいつ、自分なら東京から魔物を一掃できるとか大言壮語を言ってるんだよ。それを信じた人達がいたのか、ちょっとした騒ぎになったこともあって政府の役人だかが確認に来るって話もあるくらいだし」

「おいおい、そんなことになったら嘘なんて絶対バレるだろ。てか下手すれば実力の確認のために魔物と戦わされるんじゃないか?」


 あれから努力してステータスカードを手に入れたとかなら感心するが、由里から伝わってくる情報の限りではその可能性はなさそうだ。


 つまり冬島という奴は未だに魔物を倒したことも無いはず。


(そろそろステータスカードとかについても国が把握してもおかしくないし、貴重な戦力として協力を求められたらどうするんだか)


 ネットなどでもスキルを手に入れたと思われる何者かが魔物相手に活躍する様子が徐々に確認され始めているようなのだ。


 流石に魔物の群れを一掃するとか、ダンジョンの攻略を成功したような事例は確認されていないが、それでも普通では考えられないような力を持つ存在が表舞台に現れてきているのは間違いない。


 もし冬島がそういう奴の一員だと誤解されたのなら、最初はチヤホヤしてもらえるかもしれない。


 だけど戦力として求められている以上、どこかで戦わなければならない時がくるはず。


 というかそもそもステータスカードの提示を求められたらどうするのだろうか。


「まあ大体の事情は理解したよ。一応俺の方でも気に掛けておくから、由里達は何か大きな問題にならない内は気にしないでいいよ」


 もし政府の役人とやらが事実確認のために由里達に聞き取り調査をしにきたら、その時は無理して嘘を吐かなくていいと言っておく。


 変に素人が隠そうとしてもボロが出るだけだろうし。

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